. ふと、麻祈が唇に隙間を開かせた。歯の白ささえ影に隠れるほどの僅かな間隙から、声が聞こえてくる。
「彼女には、いつもお世話になっています」
「いえこちらこそ。じゃなくて、あたしこそお世話になってて。彼女には。あれ?」
そんなつもりなく、煙に巻くような応答をしてしまうが、彼はやんわりと笑んでくるだけだった。慣れている。
それを察した紫乃は、彼は決して寡黙でも口下手でもないことまでも、察するしかなかった―――彼は、必要とあらば、多弁にだって多動にだってなれるだけだ。どうするのが最適なのか敏く演算し、演算結果を現出させるためのマインドコントロールに卓越し、それに基づいた自己プロデュースにセンスがある。それだけだ。だからこそ……
(麻祈さんは、ただ陣内さんと合コンにいるだけのために、こうやって“ああしていた”んだ)
.
彼は魂胆から役割を貫徹しただけだった。欲されながらも出娑婆らず、嫌悪されても立ち去らず、寄って集(たか)られたところで意に介さず、それ以上に調子に乗ることもなければ、それによって調子を乱すこともない。無いものは探さない。誰ひとり。
まあ……こうして見つけてしまったのだけれど。自分は。
それを悟ってしまう。もう、それはどうしようもないのだ。それ自体はしょうがない、……が、それを信じられないとなると、話は別だ。
(なんで麻祈さんみたいな人が、そうしようって思えるんだろう? 麻祈さんは、わたしなんかと違って、へらへらしてなきゃ数合わせにもしてもらえないような人じゃない。なのに。それなのに……)
ぶりかえす疑問。疑問だけでない。興味まで―――
「俺はもっぱら今の職場に来てからの付き合いですが、坂田さんは佐藤とは長いんですか?」
「ええと、」
絶妙のタイミングで相槌では済まされない問いかけにやってこられて、紫乃は思索が折れたのを感じた。もとより、自分なんぞが手を出したところでどうにもならない詮索だとは承知していたので、拘ることなく、今現在の応答へと頭を切り替える。
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