. お辞儀を終えて、レシートを胸倉に、顔を上げる。そこでは、麻祈が微笑していた。
紫乃は絶望した。
「それじゃ、お疲れ様でした」
言い残して闇夜へ翻る、彼の面差しから、ほほ笑みが消えない。
.
思い知るしかない。彼にとっては、徹頭徹尾まで合コンだったのだ。起承転結のどれにまつわる喜怒哀楽も、演出すべきと判断したことを成しただけに過ぎない。紫乃へのそれとて、佐藤葦呼という友人ならびに駅という行先を共にした者へ間に合わせた上っ面なのだ―――恥をかいた者が恥の上乗せを招かないよう鷹揚に対象を受諾し、見抜いた弱点を突くことなく認めるだけにして、対象がその補填を厭わずにいるようであれば、彼自身が柔軟にそうすることを厭わない。言いよどんだ紫乃に笑んだのもそうならば、葦呼との携帯電話の仲介にと己のダイヤルナンバーを差し出したのもそうだ。
どうして? と―――
さっきまでは、それを、確かに思えたはずなのだが。穏やかに笑む彼を見て打ちのめされたから、もう紫乃には不可侵だった。
(……きっと、住む世界が違うって、こういうのを言うんだろうな)
出来る奴には出来ない奴が分からないし、出来ない奴には出来る奴が分からないのだ。
ありとあらゆる構造や工程が克明に明かされたところで、だから歩み寄れるといった次元の話ではないのだ。金髪が生えてくる遺伝子がゲノム単位まで解き明かされたところで黒髪は染めなければ金髪にならないし、染めたところで、顔つき体つき眉毛の色といった細部のずれが目立つだけ無様なのだ。分相応というものがある。蛙の子は蛙だ。醜いアヒルの仔は例外だ。あれは白鳥の雛だった。成獣して白鳥となるのは当然だ。
平々凡々である紫乃なんかには、そうやって納得するくらいしか出来ないのだ。彼が、あっさりと、それ以外をして見せるがゆえに。ジレンマを覚えることからして見当違いなのだと、納得するしか。
まあ、だからどうだというものでもない。砂利と巌だ。雑草と神木だ。最初から、互いに、なんでもない、ただ紫乃であり麻祈であるというだけなのだから。だからどうというものではないが―――
(―――葦呼に尋ねられたら、そう答えよっと。住む世界が違うってのを感じたって)
麻祈ならばもっと上手いことを言うのだとしても。紫乃は、紫乃でしかないのだから。
鞄の底へと、手にしていたレシートを折り畳む。
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