「そっちこそ、そーやってイチイチ台無しにしてくれんのってマナー違反なんすけど。マジ空気読めよ。あっちじゃどうだか知りませんけど、アンタこっちに来て何年なわけ?」
何年だろう。何年だったろうか?
売り言葉の買い言葉に、真面目に答える気もなかったが。
それでも意識すれば、年月はあっさりと暗算できた。四捨五入して十年。自分でも、もうそろそろ習得していてもいいんじゃないかと思えた―――和、と称される日本の妙技を。
それは才覚でなく技術だ。協調性だけでなくテクニックを要する。それは分かっていた。はずだが。
顧みる。
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(客寄せパンダの役割は、パンダらしく振舞い、パンダを見たがっている客を寄せ続けること)
そして、省みる。
麻祈は、陣内の手首からビールグラスを持ち上げた。それを机上のコースターへと移しつつ、詫びておく。
「そうですね。気をつけます。ありがとう」
険呑に鼻を鳴らして灰皿を掴む陣内から、一向に片付かない己の小皿の料理群へと視軸を切り替え、麻祈は手元もフォークに交換した。噛んでも噛んでも塩とあぶらの味しかしない肴の群を前に、食指が動こう筈もなかったが。
「吸わして戴いてイイっすかー?」
「いーともー!」
才能あるコメディリリーフによって、寂(せき)とした空気はみるみる盛況と秩序を回復させていった。
振る舞い、会話、アイコンタクト―――それぞれに、求められては応じていく自分自身を、どこか遠くから眺めながら。
麻祈は、同じくらい遠くにある疑問を、じっと内面で見続けていた。解けないまま、今また上乗せされてしまった命題を。
俺は、どうして日本で医者になろうと思ったんだっけ?
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