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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.橋本は、真に受けるでもなく、受け流した。予想通りだ。それが続く。だから、こちらも続けられる。

「そのかわりに、覚えておいて欲しいことがあるんです」

「ラジャー。なに?」

「さっきの噂、―――」

 そして淡々と、麻祈は口調と真逆の内容のせりふを読み上げた。

「変に長引いたらムカつくのはそっちだろうからこっちが三こすり半で勘弁してやってんだ。あのオットセイの鳴き声で喘ぎ声のつもりなら演技力でも玉の肌でも磨き直して出直してきやがれ大根役者。ってのが、真実です」

 言い終えたので、口を閉ざす。

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「わたしも、こないだ健診でひっかかってさぁ。肝機能。自分の名前で、再・精密検査依頼書に経過観察ってつけて、院内の健診センターに返送しちゃったよ。医者の不養生が身にしみるわぁ」

 もう話題の融通にも飽きたのか、橋元はあくびして背伸びをした。それはまさしく日向ぼっこするのに退屈したどら猫を思わせる仕草で、まさしくどら猫が家人をふいっと無視するように、急にとりとめのないことを言ってくる。

「にしても。段先生って、嘘もつかないけど本当のことも言わない奴だなって思ってたら、ちゃんと本音が言えるじゃないの。自分のこと、俺とか言えちゃうんじゃん。驚いた。今度いっそ、飲みにでも行かない? 佐藤先生だって、野郎の二人連れなら、夜遊びしてもブーイングしないっしょ。なんなら彼女も、一緒に食ってくれちゃってオッケーよん。まあ、さんぴーって意味なら勘弁だけど」

 歯に衣着せず気ままに、だらしなく涙で曇らせた目線を寄越してくる橋元。

 やはり彼には、どれもこれも“どこまでも”、世間話でしかないようで。

 麻祈は―――

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「身長もそこそこで、だからこそスタイルがスラッとしてると見栄えするっていうか」

「内輪ではそうかもしれませんが、日本人なんか大陸(そと)じゃ全員ちんちくりんですよ。体重だって、持病があるから肥えると都合が悪いだけで」

「持病?」

 しまった。

 狼狽した視線が、橋元からぶれた。引き攣りかけた表情筋だけは、理知の力で組み伏せる……説き伏せる。問題ない。こんなことに、問題があるとでも? 持病なんて、ある・なしの尺度からしたら、全人類の半数はありってなもんだろう? ―――

 だからこそ、こう答えてしまっていた。

「……はい。股関節が」

「ああ。右。それで歩き方に特徴あるんだ。はいはい」

 迂闊だった。

 ばっと、ずれていた凝視を、橋元に引き戻してしまう。それだって迂闊だったが、仕方なかった。愕然としていたのだから。

 当の橋元は、そんな麻祈を衒いなく見返してくるだけだ。敢えて言うなら世間知らずに世間話をするという先輩風を帯びた横柄さがあるだけで、そしてそれは、今だからそうだというわけでもなかった。初対面の時から、彼のキャラクターは続いている。今更、それを痛感する。
みっともなく、呟きを垂れてしまっていた。糞のように。

「あります、か?」

「うん?」

「その。特徴」

「うん。ちょくちょくね。体調悪いんかなって時に右足からばっかり蹴躓きかけてるし。院内履きにしてるその革靴、後ろから見ると踵の減りに左右差あるから。浅いの? 生まれつき? 男なのに珍しいねぇ。年中ずっと長袖のユニフォームを選んでるのも、持病関係のなにか?」

「―――ですかもね」

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「段先生、清潔感を絶やさないしさぁ」

「不潔感漂う医師に診療されたかないです。俺が」

「にしても、髭剃り・寝癖直し・ハンドクリームどころか、冬に入ったら欠かさずリップクリームと肌荒れ軟膏まで持参します?」

「……よくご存じですね、俺のデスク回り」

「わたしがあげたクロスワードパズルが絶賛ネグレクト中なのも知ってますよー。あと、おすそ分けされてばかりの小包装のお菓子の山、そろそろ標高が低い順に消費してったほうがいいね。歯ブラシも天寿が近い。愛用のコンパクトヘッドタイプ、買い置き大丈夫?」

 じゃっかん引いてしまうが、微動だにしない橋元を見ていると、自分の無関心さの方が病的なのかと思えてくる。余計な疑惑でたたらを踏むのを避けるには、踏み込みかけたつま先を戻すのが一番だ。直前まで、なんの話をしていた? リップクリーム? 軟膏? 麻祈の身だしなみについては、不可抗力だろう。祖父と妹の関係が―――

「段先生?」

「あ―――いえ」

 はっとする。言い逃れるのにかまけて口走りかけた事実に、ぞっとしないでおれなかった。弁解の矛先を捻じ曲げる。

「……身だしなみについては。自分の肌の脆弱性を知っている手前、ケアをサボるのは感心できないだけです。見た目からして不健康そうな医師に診療されるのだって御免ですから。俺が」

 その回答するまでの不自然さこそ橋元の感興を買うかとも思えたが、彼はそこまで粘着するでもないらしい。深入りする言葉は無かった。

 なので、またしても再開した妄言の方に、耐えるしかない。

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「ほんと何でも知ってて、歩く広辞苑だし」

「覚えたことを忘れていないだけで大袈裟。てか、歩く広辞苑って器物霊じゃないですか。せめて妖怪じゃなく、現存する生物に分類して戴けませんか?」

「けど時々ぽろっと無難な一般常識あたりが抜けてるもんで、なおのこと天然っぽいカワイゲあるんだよねぇ。疣贅(ゆうぜい)って読み書きできて意味も知ってるのに、温泉卵がただの町で売られてるなんて日本の物流すげぇってしみじみと―――」

「知ってます今は温泉卵が温泉で茹でられた卵だけに付く商標で無いのも知っていますしコンビニで売られてるそれも毎朝毎朝温泉郷から産地直送で宅配されてくるものじゃないことまで知り尽くしてます。ってか、しょうがないじゃありませんか! 俺、外国産なんですから、日本の通俗なんて知らなくても! ―――そうそれ、その『天然』という言い回しも。癪に障らない程度の馬鹿のことを、あたかも褒め言葉のようにほのぼのと……」

「良家の次男生まれで、海外を如才なく渡り歩いて学業を修め、帰国して入学した日本医大は主席卒業って経歴もまた華麗だし」

「良家え? 大昔に成金だったってのが、そんなに鼻にかけることですか。実績があった太古ならいざ知らず、没落した今になってまで―――それこそ、品の無い。それに、俺が次男に生まれたのは先に兄が生まれていたからで、海外で育ったのだって父について回っていた惰性です。医大は、勉強するところだから、とにかく必死に勉強してただけであって、」

 破れかぶれに、麻祈は橋元に噛みついた。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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