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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.激怒に任せて、呼び出しを切ったPHSを床に投げつける。のだが、PHSはネックストラップで首と連結されているので、どこかにぶつかって破損するということも起こらない。びよんと勢いよく麻祈の腹の前でスイングし、アトランダムなブランコを繰り返しては、行き場のない八つ当たりがぐるぐる吹きだまる状態を具象化していく。くるくる。狂々り。

 獣声が戦慄いていく。

「俺の駄法螺(line)は吹聴しとき(shot)ながら俺からの直通(line)はシカトする(shoot)たぁどーいった爆走だ『あの極悪クソ不良女(the most beastly chavette!)』!」

「あっはっはっはっは!」

 それはもうあけすけな大笑いに、無礼を忘れた目付きのまま背後の橋元を振り返る。

 橋元は、真顔だった。麻祈の面貌を見てからも、―――おそらくは、見る前からもだ。

 鼻白んで、言葉を失くす。その隙に、橋元に口火を切られてしまった。

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「いよぉう! 段せんせーえ!」

 との溌剌とした呼びかけと同時、これまた声と同威力の平手に右肩の裏をはたかれては、振り返らざるを得ない。分かりきっていたことだが、それでも麻祈は彼の名を口にした。

「……橋元先生」

「おうよ。なに?」

 と訊かれても、疑問なところは何も無い。医局廊下にて気さくに白衣を着こなした橋元は、通常通りに中肉中背の東洋人男性であり、壮年に差し掛かっているわりに老成した感に欠けるのも変わらない。寝癖なのかオシャレなのか―――あるいは後者のセンスを疑われた場合は「これは寝癖です」と言い逃れる腹積もりなのか―――判然としない捻れ具合の短髪に、髪型ひとつにそこまで裏を作っているとは到底思わせない、根明な笑顔。いつもながら、ノリもフットワークも腰も尻も軽いと評判の、先輩医師である。評判内容が好評か悪評かは言及を避けたいところではあるが。

 なんにせよ、挨拶を続投しておく。肩に手を掛けられたままでは、進むも戻るも出来やしないのだし。

「お元気そうで、なによりです」

「いやいや。装ってるだけですよう。見抜けないなんて、まだまだ修行はこれからですかぁ?」

「はあ。今後とも、ご教授・ご鞭撻の程、よろしくお願いします」

 と、またしても無遠慮に肩甲骨を連撃してきた掌に首根っこを引っ込めるのだが、橋元は気に咎めた様子もない。どころか、そうして上背のある麻祈との身長差が僅かでも縮まったのをいいことに、一層に馴れ馴れしく間合いを詰めてきた。こちらの耳元に、片手で作ったメガホンと小声を寄せてくる。

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.麻祈は、寄りかかっていた柵から身体を起こした。購買に近いここは、小休止より長く休むのには適さない。家族、見舞い客、あるいは輸液袋を連れにした患者たちが、買い物や用事を済ませては、麻祈をちらちらと見つつ立ち去って行く。それはそれ以上の興味でなく、それ以上の興味だったところで「真っ昼間からたそがれるなんて、この先生そんなに残念なことがあったのか?」くらいだろうが。

(ま。せいぜい、買ってみた週刊誌の袋とじを開いてみたら期待ハズレだったとでも邪推しといてくれ)

 その後「ほとんど読んでないんだし返品したっていいだろう」とゴネた買い物客と購買店員とのひと悶着に警備員が駆り出されたのは、半年ほど前だったか? 定かな覚えはないが、その事件以降、購入後の返品要求には対応いたしかねます云々との文言が掲示されるようになった購買を通り過ぎて、麻祈はたどり着いた壁内設置の蛇腹階段を上っていった。上階にある医局にも図書室にも用はないが、そうして往復することで浪費する時間にこそ用があった……午後の仕事にかかるまで、まだ少々の余暇を持て余していた。

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(あれは病院の在り方の目安にするための意見募集であって、俺個人の性癖がどーとかピーチクパーチク言われても、職務業務に差し障りが無けりゃ対応できないんだよなー。ついでに、俺はまあまあ品行方正で波風立てないよう立ち回ってきた下地があるし、佐藤と結婚を前提に健全な男女交際を送っていますってお題目も板についてる。まあ、この万が一を見越してのあの大立ち回りだったんだから、目論見通りっちゃあ、その通りなんだけど)

 それでも投函されてしまった以上は、上層部も一遍通りの審議を催すしかないし、催されてしまってはそれを見聞きしたと自称する者たちによって口伝は拡散していく。
した挙句が、これだ。跋扈する好奇からそれとなく身をかわす回遊魚じみた動線で院内をふらつく空き時間消費方法をマスターしてしまった。免許皆伝というやつだ。今なら道場を開ける。弟子取れる。むしろ道場を破れる。看板取れる。

(にしても、)

 アホいトンズラをかまそうとしてくる雑考をねじ伏せて、麻祈はたらたらと物思いを続けた。

(噂って、マジで台風だよなぁ。投書は矛盾だらけで、それが矛盾でないと裏付ける事実もない―――まあ俺のそっちの趣味について立証するのは難しいにしても、佐藤が独身で人妻じゃないってのは真実なんだし。俺らの身の潔白は、ほどほどに明らかにされた筈なんだけどなぁ。台風の目だけ、これ見よがしにお静かなまま、いつまでこんな騒ぎ続くんだろ? 台風の目から離れれば離れるだけ、外様(とざま)になるほどぺちゃくちゃクチャクチャ……俺も佐藤も、お前らのキャンディーバーじゃねえっての。あーあ。めんどくさ)

 分かっている。世論と俗説で動く世俗に、真実と正論は無効である。横行する主張の強弱は多数決で決まる。単一民族的等質性と集団的画一性は日和ることにさえハーモニーを求め、その密やかな阿鼻叫喚を楽しむためなら陰惨なファッショをも歓迎する。かいつまむと、今の状況だ。

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.無意味に、壁の手すりに指をかけながら進む。このまま院内二階を直進すると、購買を横切ったところで、壁内の蛇腹階段に繋がる。そのまま三階に向かうと、いずれは図書室に辿り着く。その壁一枚お隣が医局なのも知っているし、もっと行けば袋小路にトイレがあることまで熟知している。どれにもこれにも用はないのだから、癖になっている早足を宥めるには、手すりとの摩擦でブレーキをかけておく程度で丁度いい。

 指紋による摩擦は静摩擦だ。学問領域としてはトライボロジーの領域だが、まことしやかに院内を席巻する忌まわしい風聞が帯びた熱量を摩擦熱と仮想したところで、公式から値を導き出すのは困難だろう。むしろクラウゼヴィッツの摩擦として考える方が、しっくりくるかもしれない。その可能性を考えてみる。立案した計画を実行するに伴い、障害どころか脅威へと化けてしまう対内・対外・環境的な摩擦―――

(だぁから。俺が・俺以外の連中と・病院って組織に勤めてるだけのことだろーがよ。うぜー。いらんことまで連覇してく俺のシナプスうぜー)

 苦虫を噛み潰した心地に、麻祈は歩行を諦めた。歩いていてさえ、これだ。歩かなかったところで変わらないだろう。しかめてしまっていた顔を力任せに解(ほぐ)す一環として、ぐるりと目玉を巡らせて―――

 偶然にもここは、立ち止まるのに適した場所だった。その事実を発見して、本格的に顔を横向かせる。掴んでいた手すりから指を剥がして、麻祈はふらふらと廊下の反対側へ移動した。

 一階エントランスへと降りていくエスカレーター、そのすぐわきで立ち止まる。

 そよ風の威力を倍加して受けた癖っ毛が、容赦なく耳たぶをくすぐってくる。小指でそこらへんを掻きながら、胸下丈の柵に凭れて、麻祈は階下を見渡した。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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