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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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「捨てません! 返します―――返しに、行きます!」

 その声が届いたのは、アクセルとほぼ同時にいじったパワーウィンドウが、自動で閉まり切る直前だった。聞き終える頃には返事もできず、そのまま道なりに車を進めていく。

 来た道を遡ることは諦めていた。ちんたらと操車しながら、そのうち幹線道路に出ることを祈る。スピードを上げるのはそれからでいい。日本には、無駄なまでに懇切丁寧―――とどのつまりは慇懃無礼―――な道路標識や青看板がごまんとあるのだから、アパートメントまで帰りつけないなんてことは在り得ない。どうせ今から慌てたところで帰宅時間が一時間も早まるわけでなし、慌てたせいで苛つきを引きずって寝付く時刻が一時間もズレ込んだりした方が損だ。

 そんな悠長な気構えだったからか。つらつらと、坂田のことを考えたのは。

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.町名で言われても分からないので、分岐点につく都度、坂田からコースを指示してもらう。適当な雑談―――で済まされては、こんな時にいつだってつつかれる佐藤は文句たらたらかもしれないが―――も収束する頃には車も大通りを逸れ、入り組んだ住宅街へと随分食い込んだ。看板に書かれるものが、飲み屋の店名から子どもの飛び出し注意の絵柄にバトンタッチし、車道が歩道と同化して、視界の利きも悪くなる。ごちゃごちゃした民家が密集した界隈である上、夜とくれば尚更だ。

 そして到着した坂田家は、新しくないという程度に古びた一軒家だった。車が三台停められているせいで庭がほとんどなく、そのスペースに建築予定だった平屋をちょん切って上に乗せましたといった風な小ぢんまりとした二階がある。日本らしい庶民的な居宅と見えた。

(段の家もこれくらいコンパクトなら、桜獅郎でも手入れが行き届くんだろうけどなぁ)

 パワーウィンドウを開けて、坂田家を見上げながら物思いにふけっていると、車を降りた坂田が目の前に割り込んできた。家を背負うようなアングルに立って、こちらを覗きこんでくる。
それを見返すと、待ち構えていた坂田が、深々と頭を下げた。胸元にはしっかりと、鞄だけでなく、靴を入れたスーパー袋を抱きしめている。忘れ物はないようだ。ついでに服も、あらかた乾いたらしい。見納め時を逃した。

「麻祈さん。あの。ありがとうございました。本当に、お世話になりました」

 すっかり透明度を失ったブラウスを地味に残念がった隙に、それとは真逆の清純な感謝を告げられてしまう。実に居心地が悪い。

 こんな時は、逃げ出すに限る。

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「いえもうあの、ホント大丈夫なので! お車、失礼します!」

 と、声も身体も荷物も勢いよく、坂田が自動車に乗り込んでくる。麻祈の真後ろの後部座席だ。
置いてきぼりにされた感は否めなかったが、彼女に続いて、麻祈も自分のサイドドアを閉めた。
坂田の様子見に、バックミラー(Rearview mirror)へ片目だけ寄越しておく。麻祈に遅れてシートベルトを締めるべく躍起になっている坂田の表情と独り言からは、ベルトの固定用バックルを暗がりの中から手探りで見つけ出すという悲願達成への熱意以外は感じられない。

 麻祈は、思考に匙を投げた。

(……あれこれ深入りする必要もないだろ。過干渉だ。こないだだって、そのせいで騒ぎに発展したんだし)

「―――え? あ、あった! 見つけ……てない、これ、ちが……」

(送り届けて、お役御免。それでいいし、それが一番。なんの問題も無い)

「あ! あった。今度こそあった。え? 入ったけど違う。抜ける。これお隣さんのやつ、―――」

(……実況中継だきゃあ分かりやすいな。この人)

「これで、よし―――あの、麻祈さん! も、もうオーケイです! シートベルトしました!」

「ええ。見えてますよ、俺からも。バックミラーで」

「そ、うですよね。はい。ごめんなさい」

「いえ、別に」

「…………」

「………………」

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.駐車場は、麻祈が入居しているアパートメントの居住者に割り振られたもので、すぐ隣地に設けてあった。五十台余りの駐車許容量を擁した平地は、残業にかかずらう単身者が帰り泥(なず)んでいるこの刻限、邪魔されることなく己の自動車まで視線を素通りさせてくれる―――そうすれば、ちんたらと迷想しかけていた脳裏も、目的を取り戻した。今度こそきちんと、後ろを見返す。坂田がいた。

 麻祈は、愛車へと向かった。雨も上がっていたし、急ぐでもなかったが、空車スペースをジグザグに抜けて近道していく。中古で購入して以来の相棒である五人乗り日本車は、雨ざらしが洗車の代名詞という冷遇にもめげず、じっと停車していた。まあ、フロントガラス(Windscreen)くらいは、かつての透明度を思い出して不貞腐れているかもしれない―――雨に流れた黄砂が襞となって縦線を捩じらせている様は、はらはらとこぼれ落ちる涙に剥げかけた女の化粧面に似ていた。そんな時の水滴も、おおよそは、こんな風に黒ずんでいるものだ……

(いつの話だよそれ。めんどくさ。なんか最近、輪を掛けてめんどくさ。俺)

 思い出を口癖で追い出して、麻祈は乗り込んだ運転席で、エンジンをかけた。車内から逃げ残っていた昼間の熱気を逃がそうと、ドアを閉めないままに、外にいる坂田に話しかける。

「後部座席へどうぞ。そっちの方が安全だし。助手席ちっとも片づけてなくて―――って、どうかしました?」

「いっいいえぇ!?」

 アスファルトに突っ立っている坂田に移動する気配を感じられなかったので座席から振り仰ぐのだが、彼女はやはりというか、主旨のよく分からない否定を口にするだけだ。表情も、動転していることが前面に出ている。なにを否定しているのか、前後不覚だ。

(いいえ。イイエ? 後部座席に座ることにイイエなのか? 後部座席の方が安全なのは間違いないから、それにイイエ危険ですなんて無いし。助手席は、俺の目から見ても荒れ放題だし。てことは、―――)

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.この玄関のたたきには、大人が二人収まる広さなど無い。解錠したドアを押しのけて身体半分ほど外に出ながら、麻祈は坂田のそれを見ていた。右足、そして左足―――ぎこちない所作といい、靴下を脱いでからのゴムの締め付け痕といい、よそに預けられた小学生のようだ。用意されていたフィットしない靴と靴下を、気兼ねしながら使うしかない。靴で靴ずれしないように―――靴ずれしたところで、靴下に血がつかないように……

 慣れ親しんでいた足だった。それは、かつて段の家で。

(―――ああ。俺なのか)

 それを思い出した。

 思い出し続けないうちに、外に出る。

 廊下を消灯すると坂田も出て来たので、部屋の鍵をかけた。一階に向かって、さっき通った通路を、逆順に下っていく。そこを通う風の音も同じ。通う際の反響の具合も同じ。だからだろうか、自分ではない足音が気になってしまうのは。

 自然に歩こうとすればするほど不自然さが際立つ、拙い歩調。

 それを、無性に紛らわしてしまいたくなった。

「誰も悪気なんてないのにね。かわいそうなことに、それでも、歩きづらいんだ」

「え―――麻祈さん、なにか言いましたか?」

 聞かれていた。

 あまり振り向かないまま、繰り言を呼びかけに挿げ替える。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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