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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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「あっ麻祈さん!?」

 落っことしそうになって反射的に握るしかなかった傘と、トンズラをこいた麻祈を交互に見てくる坂田を置き去りにして、一目散に走っていく。

 走るのなど好きではない―――早足だからか勘違いされやすいが、麻祈は長距離走をすると無理が来る身体だし、駆けたところで鈍足だ―――が、自宅のアパートメントは目と鼻の先である。小雨となっている今なら、水たまりをもれなく踏破でもしない限りぐしょ濡れにはならないし、仮にそうしたところで坂田ほどまで濡れやしないだろう。だからこそ、坂田をこれ以上の雨ざらしにするのは忍びなかった。自分は、肘笠雨にはそれらしく、肘を笠にしてもやり過ごせる。そう天秤にかけたゆえの、こうした結論だった。

 のだが。

「麻祈さん! 駄目です! 濡れますって! 返します! 傘! 返しますから!」

 坂田が追いかけてくる。

 声が追いかけてくる。だけでなく、麻祈の数倍はけたたましい物音を立てながら、彼女そのものまでもが追いかけてくる。何度か捲こうと無駄に角を曲がってみたりしたのだが、まるで麻祈の行き先など分かっているかのようにアパートメントまでの最短距離を突き進んでいるようで、結局は遠回りした分を追いつかれた。ついに、すぐ背後に現れる。わけが分からない。わけが分からない―――のだけれど、むしろ、それは……

(俺の方だ―――)

 そう思う。

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「ってか、どうしてこんなところに? こんな季節ですが、いくらなんでも風邪を引きますよ。傘は? ―――坂田さん?」

 先端で地面を突くことで己の傘を示すと、なんだかぼけっとしていた坂田も、さすがに気付いたようだ。やはり「ノーノー」の手付きをしながら、あわあわと言ってくる。

「あの。大丈夫です。傘ないですけど。家族に連絡したら、きっと誰か迎えに来てくれるから……」

「それは良かった。何分ほどかかるんです?」

「あ」

 どうやら、新たに発覚したことがあったようだ―――しかも、悪い方面で。分かりやすく動揺した目の動きをして、坂田が高らかに右手を挙手した。なんの意図か不明だが、高校野球の選手宣誓を思わせる勢いだった。

「やっぱり歩いて帰ります!」

「は?」

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.彼女は実際、天を仰ぐようにびくっとエビぞりにした身体を反転させてきたのだが、勢いに振り回された自分の肩がけ鞄に尻を叩かれたことで一層に度肝を抜かれたらしい。ばたばた周囲を振り返って、通り魔を見つけ出そうと躍起になっている。日本人の顔を覚えるのは苦手な麻祈だが……容姿のみならず、この雰囲気。はぐれ日本人旅行者。間違いなく坂田だ。

(どうにも、てんてこ舞いなとこばっかり見てる気がするけど……)

 なんとはなしに後ろ暗くなるが、危急の問題は他にある。麻祈は、ぎょっと息を呑んだ。

「うあひどっ―――また、一体これはどうしたんです? 用水路にでも落ちましたか?」

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.店の出入り口の自動ドアは、店内の冷暖房を逃さないものと外気を遮断するものと、二枚で仕立てられている。麻祈は店内から一枚目のそれをくぐって、ふと不審に立ち止まった。時刻が時刻にしても、いやに外が暗い気がする。

 とりあえず、破天荒なガシャポン―――まあ欧米のような蛍光色の菓子がつまったものは無い―――がずらりと陣取っている中間地点をウィンドウ・ショッピングするのは忘れずこなして、上背を曲げた拍子にずりさがってしまったボディ・バックを担ぎ直す。傘を突きつつ、二枚目の自動ドアを抜け……

「ぶあっぬるぐさっ」

 たちまち湿気に目つぶしされ、悲鳴がへしゃげた。

 むせ返って、目をしばたく。どうやら店内にいた小一時間のうちに、激しく夕立が降ったようだ。そこかしこにある建物は隅々まで雨滴にぬれて夕闇の暗黒をより一層に黒ずませており、足元では濁流と泥流がのた打ち回っている。駐車場は隅々までコンクリート舗装が行き届いているというのに、土埃がどこからどう寄せ集まったものか、そこかしこに泥だまりが出来上がって、もう足跡までつけられていた。見上げれば、空はとっくに雲を薄めている。まだ小雨はぱらついているが、にやつく歯列を思わせる下弦具合でぷかりと浮いた三日月は、知らん顔して薄ら笑みだ。

(気楽そうでいいよなぁ。そっちは)

 天球さえ恨めしく、ため息をつく。夏季名物の通り雨がやってきたのかと思うと、それに備えて傘を持っていることさえ嫌になる。こんなものを携帯していない奴がうらやましい。自然に、同じ店の軒先、二メートルくらい隣で雨宿りしていた手ぶらの女に目が泳いで……

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.大雑把に、店舗の半分は書物ならび書斎に関連した雑貨屋で、残り半分は動画・音楽・ゲーム作品等のレンタル店である。扱う商品が違うので、同一店舗内とは言え、商売っ気も分かりやすく色を変えた。バックミュージックからもの静けさが目減りし、設置されたテレビによるコマーシャルも遠慮なしにけばけばしくなる。商品陳列棚も、格段に丈が伸びた。おそらく本屋と違って、小さな子ども本人が小銭だけ握り締めて駆け込んで来るところでないからだろう。ファミリーレストランのレジ下にある駄菓子コーナーと同じ公算だ……親が大人の目線の高さで大人しく用を済ませているうちに、下の段で子どもの物欲を掌握する。

 映画のレトロジャンル区域を花魁道中してみるが、件の系列作品は見あたらなかった。店頭に設置されていたボックス型の検索システムを操作してみても、やはり該当作品は存在しない―――正確には、或繰る日のジェイデクバ・アーウレンの代表作『焼けたのは道化』をヤケタノハでサーチした途端、『妬けたの? ハート』とかいうエロビデオがトップに出てきて、タッチパネルに触れる気から萎えたのだが。

(……古本屋でも探すか?)

 嘆息して、麻祈は額を揉んだ。

(でも、チェーン店じゃここと同じく望み薄だろうし、稀覯本まで置いてるモノホンの書店を探すのもなぁ……)

 地元民でないのが、こういう時に悔やまれる。散策のための散策をしたことがなく、必要時に必用なものを調達する目的で行動するだけなので、網羅が後手に回るのだ。なんとなく、佐藤なら無目的にふわふわと散歩に出かけては、地元民よりコアなネタを―――それこそ七味唐辛子をスパイスとした柚子もみじ茶と味噌こんぶベーグル並みのそれを―――仕入れていそうだと思わないでもないが……

「そうだ(Eureka!)」

 佐藤―――図書館!

 佐藤ついでに閃いて、麻祈は思わず指先を打ち鳴らした。ぱちんと弾かれた手先の付け根、そこにある自動巻きの腕時計が、きゅみりと機構を巻く。

(そういやこないだ佐藤も図書館でジャイアー読んでたっつってたじゃん。その方が書店探すより早いや。平日じゃもうやってないだろうし、今度の休みにでも行ってみよ。うん)

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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