(言い寄って、一枚二枚と引っぺがしたいだけのことだ。好色な野郎との違いは、妄想して手を伸ばす先が女の服じゃなくて、死人の謎ってだけ。どっちみち、ロマンチストってこったろう)
日勤を終え、夜が始まる刻限の手前。出版物をメインに扱う大型店舗内にて、麻祈は立ち止まっていた。
居心地悪く、ボディ・バッグを担ぎ直す。近年ずっと、書籍の購入はウェブサイトを介した通信販売に頼り切りなっていたせいもあって、久しぶりの本屋に馴染めない……と言うよりか、昔は馴染んでいた覚えがあるだけ、馴染まない部分にひっかかるというのが正しいか。えらく丸く縮んだ兄から「え? なに食って、どうしたんだ? 麻祈」と怪しまれた、あの再会の時のように―――
(いや。あれは、一年くらいで俺が伸びたんだけど。一気に。身長。でもって、見下ろすようになった途端、桜獅郎の体つきが、貫禄ってよりも肥満っぽく見えるようになっただけなんだけど)
それなのに、声も物腰も兄でしかありえなかった。あの名状しがたい奇妙さ。
それを再び甘噛みしながら、麻祈は文庫本コーナーに立ちつくしていた。天井からぶら下がった看板表示に従ってここまで来たのだが、ジェイデクバ・アーウレンなど、見る影もない……それ以前に、文庫本という大前提すら、瓦解の危機に瀕している。少なくとも、その“文庫本”を目の前にした麻祈の内面では。
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