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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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「はい」

「え?」

「坂田さんの靴。持って帰らないと」

「え? あ」

「まさか、乾かした足をまたこの靴に突っ込んで、お帰りになるおつもりで?」

「いえ。その、」

「とりあえず今は、代替えで、俺のサンダルを使うってことで。サイズは合わないでしょうけど、またぐしょぬれになるよりいいし」

 言いながら、言葉通り下駄箱からサンダルを出す。この夏に備えて新調したばかりで、まだ数回しか着用していない。

 のだが、受け取った袋を提げた坂田は廊下でやや下向きに、じっとしているだけだ。彼女を躊躇わせる要素があるとしたら、やはりこれだろう。口を開く。

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.坂田のぎょっとした反応に、遠慮ゆえの延長戦の気配を嗅ぎ取る。長引かせたくない。麻祈は外出用のあれこれを衣服の定位置に再装填し終えるまでに、出し惜しみせず切り札を使うことに決めた。

 ―――まずは、下手(したて)からの正論を。

「男として、俺が、女性をこんなむさくるしいところに長居させるなんて出来ないだけです。医師としても、雨に降られたままの状態は見過ごせません。それにお互い、社会人として、明日も仕事がある身でしょう? どれをとっても、早く帰宅して休むにこしたことはありませんって」

 ―――もれなく、心から純真な風に述べながら。

「ね? どうか俺の我が儘を聞いてもらえないですか? 坂田さん」

 ―――極めつけに、それはもうおっとりと、ほほ笑みかける。

 妹が麻祈を天性のスケコマシと確言し“詐欺師のほくそ笑み”と名付けたこの手管は、激発した暴力ジジイでさえ誑(たら)し込んだ実力を持っている。さすがに晩年こそ丸め込まれているのではないかと祖父は疑い出していたが、それでも連戦連勝記録を守り抜いた実績は頑健だ。ましてや坂田は、頑固で傲岸な巌を思わせる老人ではないのだから、分はこちらにあると見ていい。

 数秒も格闘したようだが、坂田は結局、しゅんと反駁を呑んで頷いた。蚊の鳴くような声がする。

「なにからなにまで……お世話になります……」

「とんでもない」

 またひとつの勝ち星を陰ながら喝采しつつ、麻祈はワンルームから玄関に出た。

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.坂田のそれは、タッチパネル式の携帯電話だった。手鏡のように構えた画面が点滅し、黄色人種の黄味がかった白磁の肌を、幽霊のような薄ら青に脱色する。四角い光の水面を、すいすいと指先が滑った。姉からの返事でも確認しているのだろう。

(そっか。もう日本でも販売されたんだっけ。便利なのかなぁ。あれ。携帯電話の十徳ナイフ版)

 どうでもいいことを考えて、麻祈は時間を潰した。行為を用途別に切替えたい自分としては、電話は電話、カメラはカメラ、インターネットはパソコンと、各自独立していてもらった方がありがたいので、じぶんのそれを機種変更しようなど思ったこともない。なので当然、そういったタイプの携帯電話で特化したソーシャル・ネット・サービスにも興味なく、それに参加している多数の同級生間において、麻祈は音信不通イコール行方不明と見なされては、留学しているだの放浪しているだのヤクザの女に手を出して首都湾岸へダイビングを強制させられただの勝手気ままに吹聴されている―――らしい。なにせ己の知らないコミュニティーにおいての乱痴気騒ぎだし、乱痴気騒ぎゆえに首を突っ込みたくないので、面白半分に口伝されてくることより詳しくは知らないが。不愉快は不愉快である。

(めんどくさ)

 と。

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「ごめんなさい。声をかけるの、間に合わなくて。火傷しちゃいましたか?」

 背中を丸めた坂田は、両手でコーヒーカップを前髪の前にかざして、引っ込めた首を器用に横振りしてくる。仕草としては否定だが、無言なのは、口を痛めた直後だという何よりの証拠だ。なおのこと、低頭するしかない。

「火傷しなくても、びっくりさせましたよね。冷やすための氷なら、幾らでも出しますけど」

 彼女は、ぶんぶかと一層に激しく否定方向に首を振る。

「それなら、本当に、結構なんですけど。遠慮だけ、しないでくださいね」

 彼女の返事は、やはりぺこぺこと下げられる頭だけだ。

 麻祈といると、坂田は本当にろくなことがない。背筋にのし掛かってくる後悔を押しのけるように立ち上がって、麻祈は元のようにベッドへ腰掛けた。姿勢は変わったが気分は晴れない―――あるいは、感情も体勢も、本当の意味で元の木阿弥か。のっぺりとした重さを増しゆく頭蓋への慰めにと、せめて行き場の無い長嘆を噛みつぶすのだが、ひとつふたつと嘆息に千切れただけで手に負えない。

(なら、なおのこと、早く帰してあげないと)

 気が重いことだったが、麻祈は坂田に声をかけた。

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.坂田が黙り込む。俯いて、なにやら床を凝視しているようだった。あるいは、その上に乗っかっているスリッパを。

 思い至って、麻祈は再度、それを断った。それ自体は慣れたことだ。慣れたことだが、慣れるはずもないため息を、せりふに浪費することで誤魔化しながら。

「あの。それ、ちゃんと洗ってありますし。俺、本当にそういった病気は持っておりませんので」

「ち、がうんですから!」

「は?」

 えらい剣幕で顔を上げてきた坂田に、のけぞりつつも、小首を傾げるしかない。

「違うんですか。はあ。じゃあ坂田さん、一体なにが―――」

「戴きます!」

「あ。熱いから気をつけ」

 もう遅い。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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