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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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「あ、の……なんですか急にどんよりとして? だいじょ、大丈夫ですか? たんこぶ出来そうですか?」

「す、いません。ちょっとここしばらく、寝れなかったり、食事を摂れなかったり、欲求不満が。その。ごっちゃになって。はは」

 坂田へ向けてうつろに顔半分だけ笑いながら、ぐりぐりと壁紙に額を押しつけつつ、麻祈は必死に打開策を打算した。

(とにかく。一刻も早く食って出して寝ないと。最短時間で、それをこなすには―――)

 その一。坂田を追い出し、食って出して寝る。自前で。

(無理だろー。追い出すところからして無理なんだからフルコンプ俺は無理だろー。となると、)

 その二。坂田を追い出さず、食って出して寝る。部分的に自前で。

(どの部分を誰が持つんだよ。もー考えたくもねーよ)

 つまりは、その三。それしかない。

 麻祈は、どうにか立ち直って、坂田に提案した。

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(諦めろよ。こわいんだろ? 嫌なんだろ? 俺に関わってロクなことなかっただろ? そうだよ。それでいいんだよ。だったら、―――)

 手が落ちると、肩も落ちた。目線も、下に傾ぐ。スカートの下に、やわらかそうな対のふくらはぎが覗いていた。

 眺める。いつしか、それは、舐めるように。

 素足の足首から、ひざ下のくびれ、そこから衣服に隠された太腿へと虚妄が及ぶ。その奥、更なる深みへと沈む。夏服は薄そうだった。実際、先日は、雨に濡れただけで透けていた……なめらかな産毛を生やした、やわらかそうな湯葉色の胸元と、そこに這う菫色をした静脈を思い出す。そう言えばさっきは夢うつつに射精しただけで、生殖器の刺激による快感を追い損ねていた。今なら塒(ねぐら)まで引っ張り込むまでもない。立位なら立位ならではの自由度と醍醐味が―――

(あーもう。ああもう。あほだ。サルだ。勘弁してくれ)

 臍の奥で悪寒が燃える。その火種を揉み消すように、麻祈は自分の横面を叩きつけた。そのまま、握り込む。

 その物音に異様に驚いた様子で、坂田が振り返ってきた。頬骨から鼻筋にかけて手をあてがったままの麻祈を見て、うわ言じみた震え声を振り絞る。

「ご、きぶり、素手で、やっちゃったのかと、思いました……」

「……例え話として、実に惜しい……」

 ひとりごちた途端に、坂田が鼻白む。

「おし、惜しかったんですか!? ニアミスったんですか!? 手!!」

「ははは。あはははあ。そんなわけありませんですよぉ。ははは」

 そうだ、惜しかったのは例え話だ。本能も害虫も、快感めがけてまっしぐらという点では、非常によく似た存在だ。あの虫も、本番前は丹念に戯れるらしいし―――

「おととい来やがれゲス野郎(Go fuck yourself, Dick!)」

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.にんまりと、麻祈は破顔する。

「こわい? こわいんだ」

 坂田は、まるでこわくない今まで通りですと言い張るように、またしてもミニキッチンに両手を突き直して、前髪が揺れる程度に首を横にふるふるさせてくるが。

 麻祈が見ていたのは、一向に逸らされたままの彼女の視線の突端だった。正面。何もない壁を真っ直ぐに見詰めている。そこではないどこかに潜んでいるものを無視するように、真っ直ぐに。

 それをへし折るのも悪くない―――坂田を台所から中座させるには悪くない恐喝だし、単純にまったりと嗜虐する愉悦の味も悪くない。麻祈は、意図的にせりふの音速と音程を落とした。

「半熟卵の親子丼とか、手を離せない時に限って、でっかいのが一匹やって来ましてねえ」

 と、坂田に料理シーンのイマジネーションを植え付けるため、ミニキッチンにひっかけてある菜箸を手に取る。それを、坂田は見てこない。ならばと、空想の具をつまむように、中空でカチカチと箸の先っぽを打ち鳴らす。

「料理中だと、噴霧タイプの殺虫剤も使えないでしょ。油断してると―――このへんとか、這い上がられた経験、あります?」

 言いながら、くるりとペン回しした菜箸の尻で、坂田の小指の付け根をちょんと突く。ミニキッチンに乗せられた手はぶれない。

「い、え」

 返事も健気だった。

 追い詰めてみるのもいいかとそそられるまでに。

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「料理慣れした奴こそ、料理するのに不向きなんですよ。うちの台所、ほんと独房って言うか、日本人向きの単身者用で。俺ですら、菜箸の先っちょとか手首とかが事故に遭う回数に耐えられず、こまめな自炊を挫折したんですから」

 麻祈を見上げていた坂田が、はたと瞳の色の攻撃的な色彩を鎮火させて、ミニキッチンまわりを視線で周回した。肩を並べるくらい間際なので、その動線から考えが読める。まな板を置くとIHコンロが使用不可能となり、IHコンロを使用中はシンクくらいしか空きスペースがない。そのシンクさえ、鍋ひとつ洗うので一杯一杯のしょぼいサイズである。生ゴミを溜める三角コーナーさえ常設できない。

(ま。狭さそのものは、蓋した洗濯機とか電子レンジの上に調理スペースを拡張すりゃいいんだけどな。一個しかないコンロは、加熱と余熱を使い分けて、鍋敷きとコンロをローテーションさせれば問題ない。まな板は、シンクに橋するみたく渡しちまえば、そのまま具材を切り分けていけるし)

 とまあ、幾らでもアドバイスは浮かんだ。

 だとしても、坂田の夕食への宣戦布告に不戦勝を“くれてやれる”チャンスこそ逃す手はない。麻祈は、逃げ道を逃げる建前を、坂田へ唆し続けた。

「もちろん俺だって、坂田さんのお母さんやお姉さんの褒め言葉を疑っちゃいませんよ。坂田さん、きっと料理上手なんだと思います。でも、それって自宅での話でしょう? こんなところじゃねぇ……陸(おか)に上がった河童って諺もありますし。というわけで、残念ですけど、」

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(ただでさえ疲れてんのに、変なもん食わされたかねーよ。出来上がるまで待ってたかねーよ。調味料の配置とかが変わると俺が今度使う時イラッとくるし、きったねえ後片付けされでもしたら後始末までしなきゃだし……)

 せりふに連れ立って、思い出す。

 高熱を出して寝込んだ麻祈のもとに、鼻息荒く押しかけてきた大学時代のサークル仲間がいた。彼女は、食事を用意してくれると言う。病人の世話も料理も慣れてるから、と言う。彼女の好意は純粋にありがたかったし、常ならば警鐘を鳴らしてくれる体力も気力もダウンしていたので、麻祈は言われるまま寝込んでいた。異音も異臭も気のせいだと言い聞かせていると、やがて叩き起こされた麻祈が食卓で目にしたのはスパゲッティーだった。
調理時間のみならず皿に浮いた油膜の具合からしてソースは安い市販品の流用だったし、そんな胃腸に負担をかける油脂分たっぷりの手抜き料理を平気で病人食にあてがう彼女は、どう差し引いて格付けしたところで看護者としても料理人としてもズブの素人だった。だが疑ってかかることすら億劫で、麻祈は促されるままそれを口にした。眩暈がした。麺はアルデンテというのもおこがましい硬度で、しかも部分的に焦げている―――乾麺を茹でた経験すらないと推測するのは容易かった。

 それらに言及すると女は逆上した。自分としては、料理の出来不出来は問題でなく、嘘をつく不誠実さについて伝えておきたかっただけなのだが―――

「勘弁してください」

 往生際を認めた麻祈は、渾身から恩赦を乞うた。若かりし頃ですら耐えられなかった局面に、すっぽんぽんのまま湯船で寝オチした挙句シモから漏らしたほど疲労困憊している今、太刀打ちできるとは思えない。実際に降参の念を示して、両手を肩口まで挙げる。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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