「んで。どうかした? 合コン延期? 中止?」
「いんや」
「なんだよ悪い知らせか。なに?」
「だから。ごめん」
「―――っはは! 謝ることかよ」
今一度の謝罪を、陽気な一笑に付す。陽気だったのは、あくまで彼女―――佐藤に向けての慰めだったからだ。ついでに腹の底の陰鬱も、意識の及ばぬ奈落へと笑い飛ばせたら良かったのだが。
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「今度、ひと晩付き合うって約束しただろ。語らせろよー? こないだの学会なかなかでさ、特に複素関数とランダム行列のが」
「それじゃ詫びとしてマイナスだろうから謝ってんの」
「うん?」
「今回も、この間のと同じシチュエーションだから。あんた、また嫌な目に遭うかもしんない。陣内さんから」
佐藤の懸念に、頭痛をもよおしたのは否めなかったが。
だとしても、コーヒーカップを氷嚢がわりに眉間にあてがうと、多少は紛らわされてくれた。正直、このままでいたい。このまま冷やしていれば、頭痛は頭痛の種のまま萌芽せず腐ってくれるかもしれない。そのちっぽけな泥芥(どろあくた)が、生涯この脳味噌に巣食っても構わない。このまま―――
諦めて、麻祈はそれを退けた。氷が崩れる音は鈴の転がるそれのように澄んでいたが、雑念を圧殺しようとしたついでに押し殺された嗄れ声を中和してくれるはずもなかった。舌打ちすらも、そのまま響く。
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