本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。
その地味な痙攣も過ぎ去って、しばし。彼が、壁から離れた。虚ろな陰影は拭いきれていないが、それを朗らかな笑みで埋め直して、目の下の隈を紛らわせることにまで成功している。
「……ええと……それでしたら、諦めるのでなく。また今度ということで、いかがでしょう? 料理」
「え?」
「今日は、俺と外食しましょう。坂田さんお手製の食事をご馳走になるのは、また今度ってことで。俺、どうせなら美味しいものを食べたいんです」
どうせ美味いものを作れるはずがなかろうと言外に聞こえてきた気がして、どうしても心がささくれた。ぐっと堪えて噛み締めて、揚げ足を取りにかかるせりふに文字通り歯止めをかけるのだが、紫乃のその口周りの動きの方がはるかに雄弁だったらしい。麻祈が、発言を取り繕うべく、またしても言ってくる―――口八丁で篭絡するために。またしても。
(絶対きいてやらない)
決心する。
カテゴリー
プロフィール
最新記事
リンク
カレンダー
最古記事
忍者カウンター