「最初ン時に、陣内さんが説明してたじゃないですか。自分ン家から見渡した段々畑とか棚田が、全部自分とこの財産だったって意味の『段』なんだって。古くからの地元の名士ってヤツで」
「はあ」
「その次男。しかも帰国子女で英語ペラペラ。名門医大を首席で卒業。なのに、あの偉ぶらないフインキ。顔もガリ勉どころか、どことなくケルナルのトヒヤっぽいし。なんかもー揃ってるとこには揃っちゃうんだなってカンジしません?」
「はあ」
フインキって雰囲気の間違いかなぁとちぐはぐなところに感想を覚えながら、矢継ぎ早な黄色い声へと変転していく彼女のせりふを、紫乃は見送った。相手は喋るにつれて己自身が口にするハイソなエリートへと傾倒を深めていっていたから、紫乃のことなどとっくに眼中になかったのは間違いないが。それでも紫乃は、自分のせいで損ねてしまった機嫌を相手が取り戻してくれて嬉しかった。
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ついでに、鞄を探るふりをして携帯電話を操作し―――食卓上で食事を楽しむ以外のことに興じるのは坂田家の食卓の御法度である―――ケルナルのトヒヤとやらを調べてみるが、彼と似ているとは思えなかった。まあ画像検索でずらっと出てきた顔のどれもが、斜め四十五度から精悍な流し目をくれてきていたせいかもしれない。男性的な野性味を知的な無味無臭へと挿げ替えればまだ近くなるかもと思いはすれど、五人組ダンスユニット“ケファンプール・ザンザ・ナルアケニオ”のミリオンシングル曲『知らず、(検閲)は爪の先』なんてのは、発禁が掛かるタイトルからして確実にこの青年に似合わない。
(にしても。なんでそんな人が、こんなとこにいるんだろ。慰安旅行?)
摩訶不思議と言える。
ここは、おおよそ田舎でちょっぴり都会の、日本によくある地方都市だ。都会を夢みた若者がどんどん上京しては、都会に夢破れた中高年がじゃんじゃん帰郷してくる、いわばヒト版:鮭の放流の源泉である―――見ず知らずの老人が田んぼの畦からにこやかに挨拶してくるようなド古里でもなく、毎日のようにテレビスタッフと芸能人が食べ歩き取材に練り歩く首都でもない。その空気感は、言ってみればぬるま湯のようであり、そう考えると慰安旅行というのは言いえて妙なのかもしれない。御曹司の若医者なんて、聞くだに重圧がありそうだ。病み付きになりそうにもない湯治を終えたなら、また出世街道をひた走りに戻るのだろう。
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