「こんな名前?」
そちらを見る。彼だった。陣内に、センセと呼ばれた青年。
彼はサラダの盛られた皿のふちにフォークを手放すと、なにかの下準備を整えるかのように椅子の上で身じろぎして、自分の腹の前で指を組んだ。テーブルの影になっていて、実際に彼の手先の仕草を見たわけではないが、彼の視線が己のそれを見てから確かな剣呑を含んだのを感じた。さらには、それを鼻先で嘲笑したのも。
そして眼差しも情念も、そのまま陣内へと矛先を定めた。
.
「ああ失敬。とても意外だったもので。まさか陣内さんが、男のことに暗記力を割くとはね。―――覚えておいでだったんですか。俺の名前」
「……よく、覚えておいででしたとも。あ・さ・き・さん」
遠まわしに売られた喧嘩を衝動買いした陣内から紡がれた、面白そうな挑発。
それらと全く素っ頓狂に、紫乃は声を上げてしまっていた。
「あさきさん?」
呼ばれたのだから当たり前だが。
彼が、陣内もろとも振り返ってくる。そのまま怪訝そうに、尋ねてきた。
「それがなにか?」
「あ、はい! いえ、いいえぇ!」
肯定も否定も叫んでいることに気づいて、紫乃は反射的に顔の横へとかざしていた両手を首もろとも横振りし、後者を強調した。彼当人はと言うと、そんな紫乃の醜態を見るでもない。涼やかに微笑んで、その顔もろとも、伏し目がちに目を逸らす。なにか言われるが、聞こえない。舌打ちか、その類だろう。
紫乃は、そんな彼を盗み見ながら、ひたすらに恥じていた。首根っこを引っ込めて、俯く。
[0回]
PR