(葦呼ったら高校ん時から全然変わらないくせして、凄い人と知り合っちゃったりしてるんだぁ……向こうの大学ででも知り合ったのかなぁ。この人、何十年かしたら選挙とか出てたりして。スーツに白い手袋とナナメのタスキでさ。執事っぽいからスーツと白手袋なら似合うかもだけど、どうにも太っちょにはなりそうもないなぁ。ちっとも食べてないし)
紫乃は、頬杖にビールグラスを噛ませている痩せた手首を見やった―――その間際にある青年の横顔は、彼への陣内の揶揄が殺伐とした敵愾心をちらつかせても、それゆえにその他大勢の不躾な注目を軒並み買ってしまっても、毛ほども動じていない。話題として啄ばまれるのに慣れているようだ。引っ込み思案で内気な自分など、自己紹介でドジっただけで硬直してしまったのに。格が違う。
と。彼の目の前を、陣内の腕がかすめた。無反応さに業を煮やして胸倉でも掴むのではないかと息を呑むが、陣内の掌はすじ張った襟元になど目もくれず、コールボタンわきの灰皿へと伸ばされていく。
(吸うんだ。やだけど。そんなものかな―――)
煙草は嫌だが、意見して目立つのはもっと嫌だ。その代償として、紫煙を吸う覚悟をする。のだが。
声が聞こえた。
.
「吸う時は、―――」
そして、紫乃が見ていた手首が動いた。
彼―――苗字はなんだったか、とにかく―――麻祈が、目前を通りすがらんとしていた陣内の手首を、持っていたビールグラスの底で突き、テーブルに磔(はりつけ)る。
「同席者へ、ひと言断るべきでしょう」
場は、水を打ったように静まり返った。
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