唐突だった。目の前が、ひらける。
驚いて、紫乃はそこへ歩み出た。大通りとは言わないが、二人三脚どころか花一匁くらいはこなせそうな中堅の路道が、右から左へと横たわっている。どころか両者左右、それはそれは、連綿と続く。きらめく店名看板が軒を連ねる背後に、瞬くことだけは前者に打ち勝つ要素がある なんちゃら看板(店名かどうかは、読めないから分かりようがない)。ぽつぽつと、行きがかりのグループや、それ贔屓の客引きの姿……往来する彼ら、彼ら以外の往来に、もう見分けることが出来ないまたしてもの往来。―――どうやら、下車したところから店まで最短距離を地図として表示していたせいで、妙な近道をぐねぐねしてきてしまったらしい。
(うわー。そしたら、逆に辿って帰り道に出来ないじゃん。大丈夫かなぁ)
合コン終わり間際に姉に連絡する打ち合わせにはなっているが、彼女は自家用車で迎えに来るはずだから、来れたところで駅前のロータリーどまりだろう。どこかに駐車させてから、こんなところまで徒歩でやってきてくれるはずがない。ていうか、もう社会人ン年目の大の大人が、そんなことをしてもらったら恥ずかしい。
.
(け、携帯電話に地図あるもん。大丈夫!)
さっきはそれのせいで薄気味悪い路地裏を歩くはめになったのだが、そのあたりは決然と無視して、紫乃は先へ進んだ。
聞こえる。聞こえてくる。嬌声、喧嘩腰の嬌声、嬌声でないとしたらその発音はいかがなものかと思う熟女の雄たけび。聞こえてしまうならば、くぐり抜けるしかないのだけれど。時たま、盗み聞きしているような後ろ暗さに、不恰好に立ち止まったりしながらも。
程なく、目的の店にたどり着く。駅前には珍しい、欧風の一軒造りだ。木製のテラスに、白い外壁。丁寧に軒下の芝は手入れがしてあるのに、壁の蔓草はあえて這うに任せている。インターネットで確認していた店の外観は昼間の写真だったので印象の落差は激しかったが―――瀟洒な西洋の別荘でなく、何年も森の露に打たれてうらぶれた教会のようだ―――、印象的な風見鶏の看板は間違いない。ここだ。
その、恐らくはオープンと書かれているのだろう筆記体ドアプレートのすぐ横に、ひとりの痩せた男が佇んでいた。
(ひー。入りにくいー)
しかも彼の近辺には、女性が三人たむろしている。内心どっと汗をかきながら、紫乃は歩行に急制動をかけた。
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