若い男だ―――紫乃と同程度の。少なくとも身なりや体つきはそう思えたが、無表情から漂うふてぶてしさを勘案すると、全体的な印象もやや修正を迫られる。彼はバスを待つためにベンチに座っている大学生といったような風体で、机上で軽く組んだ自分の指を見るでもなく、ただそこでじっとしていた。それこそ、バスを待つように。
彼は、パーソナル・スペースへと踏み込んでくる人の気配に反応し、目蓋と目線を上げた。どこかくすんだ黒色をした髪、その影から現れた、より黒ずんだ大きな瞳―――それは本当に、到着すべき時刻に到着すべきバスが到着したことを受け入れた空気感で、事実として彼は、大人数の参上に気張るでも委縮するでもない。陣内と自然に目を合わせ、互いに淡々と口を利いた。まずは、陣内から。
オレンジがかった照明のせいか、薄笑いにめくれた口角から覗く陣内の乱杭歯が、いやらしく黄ばんでいるような気がした。
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「あれセンセ。こりゃまたお早いお着きで」
「そうですか」
それは小さな声だった。けれども、空気に通った。聞き逃せない。つまりは、彼自身が、それを知っているからこその小声だったのだろうが。
間断なく、そのまま続く。
「失礼でしたら謝ります。しかし、お世話になる身としては、遅刻なんて初歩的なミスで、ご迷惑をかけるわけにもいきませんでしょう」
ニュースで聞くような話し方で言い終えて、彼は席から立ち上がった。そうしてみると、思いのほか身の丈がある。物腰のスマートさから、そう感じただけかもしれないが。
トイレにでも行くのかと、紫乃は少しでも道を開けるべく、身を竦めた。けれども、
「皆さん。本日は、よろしくお願いします」
言ってから全員に目礼を流すと、彼は再び着席した。
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