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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.携帯電話のケースにうさぎの耳が生えていたせいで持ち手をどこにすべきか一瞬迷ったものの、とりあえず無難に底辺を預かる。どうやら機種は紫乃のものと同型のようだ。言われるまま、メールに目を通す。

 まず紫乃が覚えた感想は、小杉の裏表ない素直さだった。彼女のメールは、日々の回想から発展した妄想が最高潮に達した途端に崩れて絵文字や顔文字になり、妄想から連想した発案を連発しては気分の乱高下と緩急を繰り返している。長文と短文の使い分けもそうだが、色彩のインパクトで一段と分かりやすい。屈託ないとも言える。ここで盛り上がったのだろうとか、この言い方でアピールしたいのだろうとか……

 だから紫乃は、麻祈のメールを通読してみても、衝撃的なことは何もなかった。あったのは、驚嘆だった。

(こんなメールも、打てるんだ……)

 それはそれは色とりどりの絵文字や顔文字に彩られた、パネェー・まじでー・すっげ・やべえ、のゴージャスなカーニヴァル。

 こんなところでさえ、らしいことをしていたのか。“彼は”。

「―――は? なに笑ってんのよ。あんた」

 笑っていたようだ。

 思わずついでに、言ってしまう。

「意外じゃないです。別に」

「はア?」

「だから……意外じゃないです。このメール。別に」

 どれだけ読んでも印象は覆りそうになかったので、紫乃は小杉の携帯電話を彼女に向けて差し出した。

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.紫乃が腰の裏にトートバッグを落ち着けているうちに、小杉が葦呼の対面の椅子を斜めに引き出して腰かけた。癖なのか、足を組む。蹴りあげられたはずみで舞い上がった塵がティーセットにかからないか気になるが、葦呼は小杉のずり上がったスカートから覗いた太腿の白さから牛乳でも連想したようだ。頓着ない目線を、小杉の内股からティーセットへ移す。

「そちらさまは、飲み物どーします?」

「いりませーん。来る前に終わらせたいし。飲み物もそーだけど。せんせーもね」

 平然と葦呼を受け流し――― 喫茶の返事のみならず眼差しを受けた素足さえ微動だにしなかった―――、小杉がハンドバッグを椅子の背に引っかけた。こちらに見せつけるように提げられたブランドのロゴは、名称なら幾らでも聞いたことがある有名店だ。お目にかかるのは初めてだが。

 まるでその感想が浸透するのを待ったかのような絶妙な間を挟んで、小杉が紫乃へと横目をくれてきた。

「ねえ。もう言っちゃうけど。あたし、せんせー狙ってんの。だからアンタ、せんせーから手ぇ引いてくんない? ―――ってか、引くよねフツー? 分かんでしょ?」

 狙う?

 手を引く?

 それが普通であると分かる?

(―――……どれも、この人は、疑ってさえいないのか)

 紫乃は黙りこくって、小杉を見返した。

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傲然と、問い質してくる。

「てか。あんた誰?」

「ええと。とりあえず、てっきり華蘭と並んで参上すると予想してマシタのにってエマージェンシーコールが絶えないがゆえにブル遊びに逃げかけてしまいました、そんなアナタ側でない関係者です。アナタ側の関係者な華蘭こそ、アナタの横っちょにいないのはナーゼ?」

「高ランとせんせーチョクに関係してないし、チコク待つ間にケリつけちゃった方がソッコーすっきりするし。そう思って、ちゃきちゃき来ちゃいました。ねー? そっちの方が到着が早かったってことは、思いはオソロですよねー? 坂田紫乃さん?」

 言いながら、こちらに向けられた笑顔は、やはり作られているだけに分かりやすい。ただし、友好の念ではなく、見くびる様な底意地が。

 自覚はあったのか、小杉は即座にそれを撤回した。敵視してしまったことで、紫乃が己と同格の好敵手だと認めてしまったかのような錯覚を起こしたのだろう。無表情をじわりと捩らせて、怒声を燻らせる。

「なに? 愛想よく言ってあげてんのに黙りっことか。あーもーホント嫌んなる。ちゃっちゃとケリつけて終わっちゃお。席どこ?」

「こっち」

 受け答えと言うよりか、停止している紫乃に発破をかけるように呟いて、葦呼が皆を先導した。肘を解放した手でポンと軽く紫乃を叩き、発破をかけてから歩き出す。

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.立ち尽くす―――背後から射抜かれてしまっては、動こうにも動けない。葦呼までも、ピンに刺された虫のように、ぎくしゃくと紫乃の背後を振り仰いで……そこから更に、背筋を聳やかすように大きく店内へ後ずさったせいで、掴まれていた紫乃までも喫茶店になだれ込む格好となる。

 木造校舎のひと部屋を改造したような店内は、やはり廃校のように、誰もいない。最も手前にあった四人掛けテーブルに葦呼がぶつかったせいで、指紋だらけの灰皿が古雑誌から机上にずり落ち、重石を失くしたページが浮いた。癖がついているようだ。記事を通読されるのではなく、丸めて叩く役割に落ちぶれているらしい。

 紫乃がようやく喫茶店の外へと振り返ったのは、その時だ。

 その女性は、葦呼と紫乃がそこから立ち退いたのが当然の判決とばかり、裁判長の手にする槌のようなヒールをした靴でもって、玄関の床板を打ち鳴らした。そう……その姿は本当に、裁判長の持つ木槌を思わせた。そう在るのが最も相応しいことを、本人が最もよく知っている姿―――そして、それを聴衆に思い知らせるための姿だ。靴とアンバランスなほど細い姿態も、まるでその華奢さを補うかのようにボリュームを出した巻き毛も、反り返った睫毛に縁取られた両目を主体とした化粧の迫力も、それらを邪魔せず最大限に引き立たせるビビットな色使いをした服装も、一事が万事、隙がない。更には、隙がないようにしてきたことに自負がある。

 その双眸が、紫乃を捉えた。あの合コンの夜にそうしたように卑しむ色を眼光に潜めて、ただし今は剃刀のようにそれを研ぎ澄ましながら。

「そう、あんたが坂田紫乃さんだア」

 竦み上がってしまう。嘲りまみれに名前を呼ばれたからではなく、もっと本能的なところで。

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(どうしてそんなことを聞くの?)

 まるで、おかしいのはこちらではないかと思えてくる。どこが?

 電話に返信があったことか?

 電話へ返信したことか?

 それが、いつしか返信ではなくなっていたことか?

「普通だよ」

 紫乃は、訴えた。自分のことだけであれば、譲歩して済ませることも出来たろうが。

「どれも普通なんだよ」

 電話をするようになった。

 電話をすると楽しかった。

 電話をするのが楽しみになった。

 それらを裏切ってまで保身に回る価値など、この現実のどこにもない。だからこそ、声を振り絞るしかない。

「なにが悪いって言うの?」

「だよね」

 葦呼が、頷いてきた。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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