.立ち尽くす―――背後から射抜かれてしまっては、動こうにも動けない。葦呼までも、ピンに刺された虫のように、ぎくしゃくと紫乃の背後を振り仰いで……そこから更に、背筋を聳やかすように大きく店内へ後ずさったせいで、掴まれていた紫乃までも喫茶店になだれ込む格好となる。
木造校舎のひと部屋を改造したような店内は、やはり廃校のように、誰もいない。最も手前にあった四人掛けテーブルに葦呼がぶつかったせいで、指紋だらけの灰皿が古雑誌から机上にずり落ち、重石を失くしたページが浮いた。癖がついているようだ。記事を通読されるのではなく、丸めて叩く役割に落ちぶれているらしい。
紫乃がようやく喫茶店の外へと振り返ったのは、その時だ。
その女性は、葦呼と紫乃がそこから立ち退いたのが当然の判決とばかり、裁判長の手にする槌のようなヒールをした靴でもって、玄関の床板を打ち鳴らした。そう……その姿は本当に、裁判長の持つ木槌を思わせた。そう在るのが最も相応しいことを、本人が最もよく知っている姿―――そして、それを聴衆に思い知らせるための姿だ。靴とアンバランスなほど細い姿態も、まるでその華奢さを補うかのようにボリュームを出した巻き毛も、反り返った睫毛に縁取られた両目を主体とした化粧の迫力も、それらを邪魔せず最大限に引き立たせるビビットな色使いをした服装も、一事が万事、隙がない。更には、隙がないようにしてきたことに自負がある。
その双眸が、紫乃を捉えた。あの合コンの夜にそうしたように卑しむ色を眼光に潜めて、ただし今は剃刀のようにそれを研ぎ澄ましながら。
「そう、あんたが坂田紫乃さんだア」
竦み上がってしまう。嘲りまみれに名前を呼ばれたからではなく、もっと本能的なところで。
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