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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.紫乃は、へらりと弛んだ顔のまま、阿呆のように立ち尽くしていた。

 葦呼も、ずっと立っていたけれど、ふわりとした髪に隠されてしまっていた横顔の顔つきは、杳(よう)として知れず。

 真顔の麻祈は、きびすを返した。

 そのまま、歩いていく。喫茶店の出入り口へと。行ってしまうのだ。それはそうだろう。彼は麻祈だ。最初から、別世界の人だったのだから。別の世界に戻るのは当たり前じゃないか。

 そんな風に割り切るなんて、紫乃にはもう出来ないのに。

(あさき、さん)

 拒絶されても縋ってしまう。

「―――あさ、き、さん」

 縋るならば、呼んでしまう。

 彼が、―――

 立ち止まって、振り返った。紫乃へと。こたえてくれた?

 合コンの夜にそうしてくれたように、彼はまた出入り口のドアノブに手を掛けながら。

 ただし今日は逆光で顔が見えず、呟きだけが肩越しに響く。

「それがなにか?」

 それがなにか?

 彼は麻祈だ。それがなにか?

 分かるか? ―――そんなことさえ問うてくるしかない、お前。“それこそが”。

(ごめんなさい)

 彼に、とどめまで頼ってしまった。それに気付く。

 血の気と共に、体温までも下がった気がした。視界まで暗くなる。そればかりは紫乃に起因したものでなく、陽光を差しこませていたドアが閉まってしまうからだ。閉まってしまう―――

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.開いた口が、微かどころでなく、明確に嗤っていた。なにを?

 疑う余地などない。

 彼の言葉が、それを裏付ける。

「どうしたところで駄目ですよ。俺には端から、どうしても駄目も無い」

 ―――てんで話にならない、お笑いぐさだ―――

「どれかがありさえすれば、坂田さんに責任を押し付けることも出来たでしょうけどね」

 ―――まさか、坂田紫乃のせいだと言われる価値くらい、あんたにあるとでも思っていたのか?

 鈍臭いはずの理解が、こんな時ばかり速い。

 だのに、五感に浸透してくる現実は、こんなにも遅い。

 その奇妙な行き違いが、紫乃をあの笑いへと誘い出す。

 いつかの、小学生だった紫乃は、そうだった。だから、大人の今になっても、こうなった。それが、どうして、こんなにも信じられないんだろう? どうして―――?

 皮肉だ。紛れもない皮肉だった。己に問うまでもないフレーズが、己から問うことが出来ないフレーズと同じで、しかもどちらも向ける対象が目の前にいる。

 どうして?

 どうして?

 どうして―――

(―――麻祈、さん)

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「あなたから、頑張っているんですねって言ってもらえて。あなたから、心配していますって言ってもらえて。あなたはお医者さんとして当然に、わたしへ接してくれただけかもしれないけど。でも、わたしにとっては、それは麻祈さんだったんです。麻祈さんだったんです。だから……」

 彼は、無言だった。

 すぐそこに立っている葦呼と目配せすらしてくれない。つるりとした黒瞳は瞬きさえゆっくりとして、本音を目蓋で掃いてしまおうとすらしていない。見れば分かる。紫乃のような言葉が、麻祈にはないのだ。

 それは、今だからなのか?

 もしかしたら、最初からそうだったのではないか?

 最初から―――

「わ、たしじゃ、駄目ですか!?」

 奔流のようにせり上がってくるうそ寒さから逃れるように、言葉ばかりが熱を上げていく。顔が引き攣っていく。太腿を押さえつけている両腕は、指の先まで突っ張っていく。縒り上げられた涙腺から涙が滲んできた。どれもこれも、かかずらっている余裕はない。

「どうして駄目ですか!? 頑張ります! 頑張りますから、わたし! 駄目じゃなくなることが出来るように、いつか、ちゃんとなりますから!」

 そうして、言葉だけが終わる。

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「坂田さん。……今回は、本当にご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

(なんでですか?)

 呆けたまま、紫乃は度を失った。

 謝罪半ばに上背を折り、声を遂げてから上背を正した麻祈の瞳は、ただただ沈静して、贖うべき罪を無気力に受け入れていた。

(麻祈さんは、合コンに出ただけじゃないですか)

 それは罪なのか?

(わたしに気付いてくれただけじゃないですか)

 それが罪なのか?

(追いつくまで待ってくれていたじゃないですか。泣くことさえ忘れていたのに、辛いのも悲しいのも見つけてくれたじゃないですか。それを―――)

 迷惑事であったと悔いている。

 そうしたことが申し訳なかったと打ち拉がれている。

(やめてください。やめて、ください……)

 そんなことをしては駄目だ。彼が、そんなことをするのは。

 それを伝えなければならない―――紫乃だから、麻祈にそれを伝えないと。紫乃だから。

(わたしなんかが?)

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.遅れて、大きい板チョコのようなドアの上に吊られた鈴が音を立てた。からん……と平和な音色が、お客様がお帰りですとだけ、知らん顔して言ってのけてくる。なんて間抜けなんだろうか。ドアベルなんかに、そう思うのは―――

 自分こそ、そんな間抜けだからだ。

 具体的には、こういうことだ。

 ひとつ。麻祈に、まるで抱き枕のように抱きつかれた葦呼が、目と口を皿のように真ん円にして張り上げた、高音域の声音。

「びっ、っっっくりしたーあ。いつから家庭持ってたの? あたし」

(なに言ってるの?)

 聞き取れた言葉に、ぽかんとして、それくらいしか思えなかった。

 ふたつ。支柱の葦呼から床にずり落ちながら、麻祈が口走った低音域の声音。

「持ってませんすいません嘘です。すいません。すみません。済みまセンので申し訳ありませんでしたと続けますから許してくださいごめんなさい。俺、ヘルペスとか唾液感染の持病ありませんので許してください。ごめんなさいごめんなサゥサゥリースァゥリゥィアィントウドリィアースオーゥゥ、インディード、アゥフリゥィ、ィェエグ―――」

(なに言ってるの?)

 聞き取れなくなっていく言葉に、ぽかんとして、それくらいしか思えなかった。

 みっつ。床に尻もちをついてへたり込む麻祈と、その真ん前でくるんと反転して能天気に片手を上げつつ意見する葦呼との、不協和音。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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