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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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「―――麻祈、さ、ん」

 そのまま、言ってくる。

「わたし、とっても嬉しかったんです」

 言い続ける。

「あなたから、頑張っているんですねって言ってもらえて。あなたから、心配していますって言ってもらえて。あなたはお医者さんとして当然に、わたしへ接してくれただけかもしれないけど。でも、わたしにとっては、それは麻祈さんだったんです。麻祈さんだったんです。だから……」

 そこで、言いよどむ。

 麻祈は、坂田を見ていた。ほどほどの関心を装いながら、実のところそれはもう食い入るように、穴が開くほど坂田の一挙手一投足を注視していた。その淡い色をしたシャツも、両手に掴んだスカートの皺がそろそろ致命的なレベルに達しそうなことも、小杉に横転させられたままの椅子の脚にそのはしっこが引っ掛かって捲れ上がっていることまで知悉していた。坂田はそれに気づいていない。

 ただひたむきに純真な眼差しを上ずらせて、こちらを見詰めてくる。

 それを見詰め返す。それを続ける。のだが。

 ひたむきに純真な目だということしか分からなかった。

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.一応は、庇っているのかカバーしているのかしているつもりらしい。がっと佐藤を仰いだ麻祈を、両手を腰に見下ろしてくる佐藤の双眸は、睥睨を語らない。常々通り、飄々と友好の念を燈しつつ、軽々とため息をつく。我儘な、という言葉は心の底から真実らしい。そこにだけ呆れている。とことん本当に。

 それに比べて、どぎまぎして身体まで床に落ちぶれている自分ときたら、てんで話にならない。麻祈こそ、ため息が出た。こちらも、彼女と異なり、重々しく。更には、忌々しく。

 せめて、立ち上がる。

 のろのろとそうする間、麻祈は坂田の動向を窺っていた。彼女は一向に凝立したままで、両腿の前のスカートを片手ずつ握り締めて固まっている。小杉の第二波が来ることを願うが、どうやら望み薄らしい。そもそも坂田は、佐藤の古馴染みである……高校の終わりから、と言う交流年月について具体的に調べてもいなかったから察しもつかないが、麻祈のそれより長いとみて疑いない。友人が既婚者でないことを知っていて当然だろうし、おそらくは麻祈以上に佐藤の突飛な破天荒さに耐性がついている。となると今のこれが、噴飯ものの猿回しであることも見抜かれているはずだ。ただでさえ、女性であるというだけで直観の正答率は著しく―――イカサマなくらい―――跳ね上がることだし。

 腹を括(くく)って、麻祈は坂田へと向き直った。

「坂田さん」

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「この―――人でなし!!」

 歳を食った一枚板が真っ二つに断裂しそうな勢いで、ドアの開閉が終わった。

 終幕のベルが聞こえた。事実として、ドアに取り付けられたベルが鳴っていた。カラン。空(から)ん。

 矢先。

「びっ」

 腕の中の佐藤が、ぱこっと、目ん玉と大口を開いた。

「っっっくりしたーあ。いつから家庭持ってたの? あたし」

「持ってませんすいません嘘です。すいません。すみません。済みませんので申し訳ありませんでしたと続けますから許してくださいごめんなさい。俺、ヘルペスとか唾液感染の持病ありませんので許してください。ごめんなさいごめんなサゥ『ゴメン俺マジクソすぎてごめんすっげものすっげマジでパネェくらい失礼を致しましてご寛恕くださるよう伏してお願い申しあげたく候(Sorry, Sorry I'm totally arsehole, indeed, awfully, extremely, I beg your pardon, Pardon, Je vous ai lésés,)』―――」

 ついに縦書きから横書きへと雪崩を起こした―――のみならず英語からすら脱兎しかけた―――震え声のひとつすら収められず、へなへなとその場に頽れる。腰が抜けていた。

 そのまま地べたにアヒル座りを崩してしまうと、もう頭を擡げることも出来やしない。床板が冷たい。そこに突いた掌に食い込んでくる砂利が痛い。冷たくも痛くもなかった佐藤と密着した体感が、なおのこと肌と脳裏に焼き付く。それを役得とばかり味わってしまった自分の下劣さに、更に謝罪を唱え続けるしかなくなる。のだが。

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.囁きまじりの吐息が、ちろちろと鎖骨を舐めてくる。

「わたし以外に先生に熱を上げてる馬鹿を見せてくれるって約束したのに、これは約束違いじゃありません?」

「そ、う、かな」

 麻祈は錯綜の中から、精一杯の相槌を送り出した。

 佐藤は、サイケなリアクションを続行した。背後から羽交い絞めにしている麻祈の片手を取って、女の輪郭に添える。更には、なぞらせていく。臍下(さいか)から腰のくびれ、上へ、更には横へ……

「そうよ。サプライズが無いわ。期待ハズレ。ほら、どうしてくれるんです? せんせ」

(あ。ブラジャーにワイヤー入ってる。意外)

 指先にかなりの意識が動員されていたせいで佐藤の疑問符に答え損ねるのだが、それこそ彼女は歓迎したらしい。鼻高々と―――現に僅かながら首を逸らして、小杉と坂田を見下す。そして、その鼻で笑う。

「ちょっとそこの。どうして欲しいって思った? それ、今度アンタらふたり並んで先生にご奉仕したらいかが? わたしの次点くらいには格上げして戴けるんじゃなくて?」

 そこまでだった。

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.茶葉の匂いがした。茶葉の味まで感じないうちに、口を離す。

「サアお立ち会い(Hokus pocus)―――」

 つい口走ってから、麻祈は顔を上げた。聴衆ふたりへ。

 小杉も坂田も、表情を消し飛ばして動けずにいる。それを粉砕しなければならない。

 麻祈は、口の両端をアンバランスに吊り上げた。可能な限り野卑な顔つきを目指してみるものの、作り笑いに慣れた能面の皮では、ぎこちない痙攣ばかり目立ってしまう。そのひくつきを、己の性癖を露出する快感に酔い痴れた変態の武者震いとでも勘違いしてくれるよう祈りながら、佐藤の肩を掴み寄せて胸倉に抱き込んだ。彼女は、されるがままで抵抗しない。その構図は、やはり自分には、人質を盾に駄々を捏ねる犯罪者のなれの果てにしか見えなかったが。

 だからこそ、そのイメージを追い風に、大見得を切る。

「実は俺こそ正真正銘の泥棒猫で、生まれてこのかた家庭がある女性への横恋慕でしか興奮しないんですよね」

 言い切った。刹那だった。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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