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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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「あんたはアブラアゲ。手も足もない。少なくとも、そういうことになってるんだから、今は手も足も出さず、じっとしてて。口も声も出したら駄目だかんね―――よーい・ドン(レディ・ゴー)とでも誤解されたら、堪ったもんじゃない。核シェルターでもない急ごしらえの舞台ごと、猛犬に木っ端微塵にされるのがオチだ」

 核シェルター? 手足が生えたアブラアゲに、核弾頭を持ち出す? ああ、そいつは恐れ入るこった。

 そう思いはするが、佐藤は口も口も出すなと言う。募りゆく気鬱に、麻祈はやけくそで破顔した。

「“オン・ユア・マーク(On your marks!)、レディ・ゴー(Ready set! Go!)”? はン。俺が口から声に出すとしたら、“Ready!, Steady!, Go!”だね」

 負け惜しみ―――ああ、言われるまでもなく、口出しにすらなれない出来損ないだとも!―――がどこまで佐藤に通じたのか、それは定かでない。彼女は粛々とセッティングを進め、麻祈は従順に待機した。

 その間、小杉について復習してもみた。彼女からのメールを、こちらへの好意があることを前提に一から読み直すと、やっと理解が追いつくものも数多かった。これはオソロイになれた奇遇が嬉しかったようだ、あのテレビ番組から波及した食事の話題はデート案だったらしい、―――そもそも麻祈へと連打でメールを送り続けてくること自体からして餌をねだり続ける雛鳥であるがゆえに成し遂げた離れ業と言える。

(だったら、こんな騒動になるのも仕方ないか。目を覚ます以前に、目が見えてないもんな。雛鳥)

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.その居酒屋での一件以来、小杉からも坂田からも連絡は途絶えた。佐藤は言う。

「位置について(オン・ユア・マーク)状態だからだよ」

 それを続ける。

「走り出すに値する切っ掛けを、待たされてる―――つっても、派手カラフルな美女は華蘭が手綱を開放してくれるのを、紫乃の場合はあたしが手を引っ張ってってくれるのをスタンバってるって感じ。今、華蘭から手を放されると、あたしも紫乃もあんたも猛犬に蹴散らされるだろうね。ただ、華蘭はあたしとも紫乃とも友達だから、それを食い止めてくれてる。……まあ、食い止めてる役回りにわくわくしてるのも否めないとこだけど、ありがたいには違いない」

 そこで挟んだ嘆息は、落胆でなく、説明のステップを示す印だった。ゆえに示し終われば、解説が次へと展開するのは目に見えていた。淡々と、惜しげもなく手の内を明かしていく。

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「てっこつのくせに! なんでも知ってるくせして意地悪!」

「だと思うのも止めないよ~」

「なによ! もう! 葦呼なんか! もういい、由紀那とこれから盛り上がってやる!」

 華蘭が捨てぜりふを置き去りにして、ばっと喫茶店の玄関にとんぼ返りした。葦呼はのらりくらりと手さえ振っているが。

 出ていく直前に、華蘭に振り向かれた。

「紫乃っ! また今度ねっ!」

「あ……うん。はい」

 そして、紫乃の返事もないがしろに、外へと消えた。

 そうだ。これが華蘭だ。言うなれば青天の霹靂だ。どうしてなのか因果も分からないし、当人ですら自覚はないけれど、ぱっと誰彼ともなく目を眩ませて消えてしまう。何回も……今回も。
閃光に中(あ)てられた直後のように、眩暈じみた感覚にくらくらしつつ、そんなことを思っていたからか。こちらへと向き直った葦呼の表情を、上手く読み取れない。

 お馴染みの、とぼけているようでいて底が知れない、のっぺりとした輪郭をしていると思えた。彼女がそういう風に取り繕っているのかも分からなかったし、自分がそういう風に分かったつもりになって片付けたがっているのかも知れなかった。

 その顔が、さっと紫乃から翻って、横下に下がる。葦呼が、ずれたテーブルを掴んでいた。

「それじゃあたし、片付けたあと、店長と話あるから」

「あ」

「片づけは、あたしだけで足りるから。出る時、ドアプレートだけ裏にしてって。休憩中って表示に。頼んだよ」

 物言いから感じた取り付く島の無さに、紫乃はテーブルへと伸ばしかけた掌を反射的に引っ込めた。

 そうなると、もうその手は、床に落ちてしまっていた自分のトートバッグを拾い上げる役くらいにしか立たなくて。

 となると、店を出るしかなくなって。

 玄関先。締め切る前のドアの隙間から、そっと店内を覗いてみるけれど、葦呼は黙々と荒れた室内を整えているだけで。話があるという店長でさえその場に未登場となると、自分を引き留める要素が無いことを再確認するしかなく。

 ぱたんと閉じた戸板の真ん中で、来た時は気付かなかったドアプレートは、もう勝手に『休憩中』になってしまっていた。

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.長年染め抜いて金髪になりつつある茶色のロングヘアをはためかせつつ、華蘭がいやいやと頭を振りながら悲鳴を上げた。店の惨状は店内に踏み込んだ時点で把握できていただろうが、それでも未練たらしく横転した椅子や定位置から躄ったテーブルの脚跡に流し眼をくれてから、がっくりと肩を落とす……そこから外れて落ちかけたハンドバックの肩紐を、見もせずに中空で掴み取ったのはさすがだ。

 そして、嘆息ひとつで分かりやすく落胆を終えると、どことなく項垂れていた頭を上げる。未だに残念がってはいるものの、けろっとしたものだ。悪意なく楽しんでいた悪夢が覚めてしまったとあっては、興醒めするのも事のほか早い。

「あーあ。だったら顛末聞く前に、忘れそうなこと訊いとく。葦呼なら分かるよね? ぱるどんってなに? 気をつけてね、とかそーいった系の海外のリップサービス? さっき道でぶつかるのを避けたはずみでコケそうになった時に、外人に言われたんだけど」

「ぱるどん? Pardon(パードン)なら、ごめんよ、って意味でいいと思うけど。ちょっぴりヘマしたり、ヘマしかけたら使う」

 やはり平然と、葦呼。

 そして、いつもながら、華蘭。

「え? ごめんよって、アイムソーリーじゃなくていいの?」

「ぶつかりかけたことに対して自分に非があるならそっちの方がいいし、自分に非が無いならExcuse me(エクスキューズミー)の方がいいかなとは思うけど。もうちょっと丁寧なニュアンスで伝えたいならPardon(パードン)になるかなぁ。多分、フランス語由来な分、プチ上品に聞こえてくれるんじゃなかろーか。まあ、どの国で誰相手にどんなシチュエーションで使うかによりけりなのは大前提として」

「へー。プチ上品―――って。ちょっと! そしたら、さっきのアレが段ってボンボンなんじゃないの!? もしかして!!」

「かぁもねぇ。ボンボンかどーかは華蘭次第だけど」

 葦呼の言い草に、はぐらかされていると感じたらしい。即座に、華蘭がいきり立つ。

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.視界がブレる。揺れる。そして、跳ねる。締め上げられた胸が苦しい。いつしか真正面に詰め寄って来ていた葦呼が、紫乃の胸倉を掴んでいた。咄嗟に逃げようとした身体が跳ねたが、その華奢な体つきからは想像だに出来ない万力に締め上げられて、身じろぎにもならず終わってしまう。逃げようとした? なに様のつもりで?

「ごめ―――」

「やめなさい」

 葦呼が、咆哮した。

 呟くような声量だった。それを独白するような声の質だった。それでも確かに、それはこちらへ向けられた吼え声だった。葦呼が、前髪同士が混ざり合うほど間近まで、紫乃の顔を引き寄せる。筆舌に尽くしがたい情動に燃え上がる瞳を、見るしかない。
その炎が嚇怒であったなら、紫乃は中断した謝罪を再び取り戻していたはずだ。誰かを怒らせるのはいつものことだ。それに謝ることだって。

 そのはずだったのに、葦呼の瞳の揺らぎが、まるで泣き出すのを堪える子どものようだったので、紫乃は言葉を失うしかなかった。

 葦呼のせりふが、自分の吐息を轢き潰していく。

「前に言ったよね。教主になるなら狂うんじゃない。こっちまで、真っ当にやっていきたくなくなる―――!」

 と。

 声を土壇場で閉ざし、両目さえ閉ざして、葦呼が俯いた。

 亜麻色の髪に、紫乃の顔半分が埋まった。ふうわりと、鼻先にシャンプーの残り香がする。ふと、身体が楽になった。葦呼が、紫乃を拘束していた手を解いたのだ。

 それから、言ってくる。まるで今先の全てが幻影だったかのように、呟く―――ひとりごちている。

「こんなこと、言う気さえ失くしてくれるんだから。あの王様は」

 ―――そして、ふらりと紫乃から離れながらのそれも、恐らくは、独り言だった。

「あんたら。本当に、お似合いだ」

 その時だった。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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