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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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「最初にデートしてくれた時から分かってました。だから、先に分かっちゃったから。せんせーから気持ちを言ってくれるの待ってたんですけど、この人があたしと違ってメソメソした手でせんせーの優しさにつけ込もうってしてるって聞いたから……それで……我慢できなくって、―――」

 尻すぼみに散って消えゆく小杉の声色は、悲しんでいた。嘘っぱちかもしれない。嘘かどうかは分からない。

 見れば、坂田も椅子から立ちあがっていた。そうして、その場に立ち尽くしていた。なにも言わない。ただ、物言いたげな顔だとは言えたかもしれない。物欲しそうな顔かも分からない。

 分からないのだ。今までそうであったように、これからも麻祈は生粋ジャップではない。

 だが、分からずともよい。それらのどれとも、今からの“これ”とは関係が無い。

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.そのままぶらんと垂れたままでいたがる両手に鞭打ち、どうにか野球帽と手拭いを取る。椅子から床へ下り、佐藤の横へと回り込んだ。麻祈に釣られたように席から立ち上がっていた彼女の手に、ふたつともを押しつける。

 逆らわず、佐藤はそれを受け取った。彼女のその顔つきは、麻祈を真ん前から見返して、愉快そうでも不愉快そうでもない―――むしろ、こちらのそれを見定めようとしている女医の気配を感じた。それもそうだろう。こうして飛び出してきてしまった向う見ず野郎が、また次にノーロープバンジーを仕出かさない保障はない。それを止めるべきか、止めずに命綱を引っ掛けるチャンスを狙った方がマシなのか、佐藤は判断材料を欲している。自分は判断材料とされている。ならば、彼女に判断されるべき段麻祈を提示しなければ!

「…………―――」

 血管のどよめきと共に、内面も凪いでいく。もう佐藤を見る必要はない。いつもの自分は取り戻し終えている。あれほどまで自身も周囲も嫌悪し、呪詛を膿ませ、こきおろしていたことを、知らん顔でとことん馬鹿らしく思える。実際、馬鹿だ。ヘボだ。だとしても死ぬまでつきあうしかない、いつもの自分だ。

(めんどくさ)

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.同時に半身を返して椅子の上に立つと、針葉樹の並木の上から首を出す。両手を枝葉に突っ込んで、向こう側にある発言者(佐藤)の頭蓋骨を握り込むと、ポートボールの球のごとくゲットされた佐藤が暢気な悲鳴を上げた。いや、悲鳴か? けたたましい葉擦れの音と、彼女の頭を締め上げるぎちぎちとした異音にかき消されてしまって、はっきりとは聞き分けられない。後者の異音はもしかしたら、自分の引き攣った顔面筋と青筋の軋轢から漂っていたのかもしれないが、それこそ聞き分けたくはない代物だ。はっきりと。

 渦中の人物が、まさか樹上からお出ましになるとは思いも寄らなかったに違いない。佐藤の真向かいの小杉、ならびに左手壁側の坂田は、悲鳴どころか呼吸まで丸呑みにして自席で硬直している。彼女らの、どちらにでもなく―――ただし断固として、麻祈は断った。なにがなんでも断った。

「あの。俺、本気でそんな趣味ありませんので。念のため。実際の趣味は、ええと……大雑把な分野で言うと数学ですが、しかしそれがこのアマと被ったのが年貢の納め時だった気がしています今ひしひしと」

「納め時を過ぎたら延滞料金発生だー。カネ払えー」

 頭部の災難などどこ吹く風とばかり、しれっと佐藤が野次ってきた。

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.声も出ない。感情すら臭わない。吐息さえ擦り切れて、音にならない棒読みだけが垂れ流れていく。

(こんな孤島の大学をトップで卒業したところで学費も返ってきやしないし、勤め人としてだって給料や待遇が良くなるわけじゃない。帰国子女? だからなんだ。マイノリティにならざるをえなかった分、マイノリティな悩みが増えただけじゃないか。将来有望? そんなの俺だけじゃない。どこの世界だって、若手ってだけで将来は有望される。大人が子どもにあとは任せたって未来を丸投げすんのと同レベルの無責任な出任せに過ぎない。イケメン? そうなのかよ俺が知るかよ。ドクター? 今迄どんだけ医師免許が発行されてると思ってるんだ。合格人数に制限があるわけじゃなし。俺がその中のひとりだったからって、なんだって言うんだ―――)

「彼ったら優しいから、あんたみたいなのの愚痴にまで、いちいち付き合ってくれてたとは思うけど? そんなの、ただのお情けだから」

 小杉の高笑いに、坩堝のようだった自白が止まる。

 麻祈こそ、高笑いしかけたせいで。

 呑み込んだそれが、喉の根で煮立っていた。くつくつ、と。

(優しい? お情け? そうかもしれない。だとしても、“俺へのだ”)

 すべて、我が身可愛さから出た錆だ。小杉の妄想をほったらかし、坂田に余計な口を挟んだ挙句、佐藤の手まで煩わせておいて、“それでもそれをこうして陰からせせら笑える”! そうとも、これが現実だ!

 だからどうした? にたつくのも白けた。

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.女性らが佐藤の目論見通りの配置に着席したのは、背後の物音やなんやで見ずとも知れた。ただ、全部が全部計画通りといったわけではなかったらしく、麻祈の真後ろについた佐藤の発言は目に見えて減っている。どうやら、安全弁の一助として期待していた人物の登場を待たず、火蓋が切られてしまったようだ。これからの火の海の航海を、どのような舵取りで乗り越えるのが最良か、必死に考えているのだろう。

 ただし、そういった海原の嵐が船長の判断を待つことが無いように、小杉の勢いも止まらなかった。なにやら滔々と、自分と麻祈の付き合いについて誇示し、尊大に喋る―――恫喝さえ混じる、その中で。

 聞こえてきたのは、坂田への嘲弄だった。

「手出ししたくなるのも分かるけどさぁ?」

 坂田への愚弄だった。

「あんたみたいなボッチいOLからしたら、」

 まぎれもない侮辱だった。のに―――

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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