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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.声量としては、むしろ小さい。口ぶりとて、穏やかだ。それなのに、裏がある気配は無限大だ。例えるならそう、ブラックホールだ。量だの波だのなんて尺度が通用しない、ぞっとする虚(うろ)。ホーキング博士、このサイズならいつごろ蒸発してくれますでしょうか? ―――

「お久しぶりですう。小杉由紀那です。明るい時にお会いするの初めてですねー。話題が明るかったらもっと良かったんだけどー」

 ブラックホールのホーキング輻射のように、含んだ気配を増大させながら撒かれていくせりふに、冗談に逃げておれなくなる。麻祈は椅子の上で、こわばった両手を腿のジーンズにこすり付けた。指の腹に汗を感じたわけではなく、汗のようにまとわりついてくる厭な感覚を拭いたかった。泳ぎ出す目も、あれこれと見積もりを試し出す思考も止められない。

(いやいやいや。いやいや。そもそも。あれは小杉さんか? 本当に小杉さんか? もっとカラッと暖色な意味で、裏表なく派手カラフルじゃなかったか? こんな―――)

「アサキングめ、にゃろう、大正解(Bull's eye)だ……派手にカラフルなところが美技な、かつ初心者(Biginner)でない派手カラフルな美女……そしてもう、なんちゅーか動詞的にも超強気(BULL)だ……そんなこっちはブルブルだ、まさしくだ―――いっそのこと、こんな正解者には景品としてアメ玉(Bull's eye)でもくれてやらねば!」

(ああ小杉さんだ。間違いなく小杉さんだ。やっぱり小杉さんなんだ)

 聞こえてきた佐藤のジリ貧ボイスに言い逃れを折られ、麻祈は眉間を押さえた。頭を抱えたいところだが、帽子と手拭いが乱れるのでそれも出来ない。本当は、締め付けてくる帽子を脱いで、頭痛の元を一つでも減らしたい。前者と同様の理由で不可能だが。

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.ぽつんと座席に残されて、麻祈は身じろぎした。身じろぎだから、すぐに終わった。

   それから数秒か、はたまた数分か―――ドリンクでも注文すべきだろうかとふと思いついて、カウンターに視線を振るのだが、そこにあったはずの老いさらばえた背中たちはとうに去り、もろとも店長と思しき老爺さえ影も形もなくなっている。さすがに、帽子に締め付けられた頭蓋が痛み出してきた。脱げやしないのだが。

 思うに、皮肉に勘繰るには、これはネタが多すぎる。

「……席に着いて(Take your seats!)・よーい(Ready set!)・ドン(Go!)ってか? なおのこと、Ready!, Steady!, Go! の俺には釣り合わねーじゃん。はッハ(Ha-hah,)、笑えねー……―――」

 悪い冗談は、悪感を紛らわせてくれるほど上出来でもなく、悪寒を錯覚させてくれるほど不出来でもなく、生半可に喉をくすぐって呼吸を重くする。己に賭けるのは諦めて、麻祈は外界に慰めを求めた。休日。昼下がり。喫茶店。カーテンは粗茶の出し殻色。暦年に渡って紫煙に愛でられた壁紙も、それとドングリの背比べ。木で造られた天井の送風機は本格派だが、ちんたらと回り続ける風貌は店内の様相と相まって、レコードと蓄音機よりも音割れしたラジオとくたびれたポスターを相棒にしてやった方がしっくりきそうだ―――

 そして。カラン、とロックグラスの氷が崩れる音がする。

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.佐藤は、麻祈の渋面を斟酌することもなく、ただ淡泊に強調する。

「癖毛隠しなんだから、ちゃんとつけといて。これも手拭いも、わざわざ実家の押入れから探してきたんだから」

「先に言ってくれりゃ、cap でも topper でも Chapeau でも自分で調達したっつのー」

「最後のフランス語、シャッポだからね、日本語らしく発音するなら。帽子、シャッポ。死語に近いけど。って、なに? トッパー?」

「え? あるだろトッパー(topper)。トップハット(Top hat)。ほら。黒くて。正装した手品師がウサギ出したりするアレ」

「シルクハット?」

「いやシルクハット(Silk hat)にウサギ詰めるとか、正気の沙汰かお前。とりあえず帽子屋さん泣くだろ。手品師だって泣くぞ。値段いくらすると思ってんだ? だから俺も買わん。そいつは買わん。勤務医な俺はウサギ詰めないとしても買わん。帽子屋さんに恨みも無い」

「―――じゃなくて。あのね。あんた。話戻すけど」

「ンだよ?」

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「折角こうして仲良くなった人ン家を、あえて舞台に借りる? 言っちゃなんだが、俺としては賛成しかねる。ことの風向きによっては、佐藤とその人との良縁ごと玉砕するかもしれない。猛犬と核弾頭を突っ込むなら、使い捨てに出来る安普請が第一選択肢だ。だろ?」

「んー。そりゃまあそうなんだけど、これ以上に好シチュエーションなとこが思い浮かばなかったし。相談したら店長さんも、困った時はお互い様だって笑い飛ばしてくれたから」

「だとしても。ほかにかまけて、みすみす友人を失うのは―――」

「それ以上言ったら、気に食わないからぶっ飛ばす」

「は?」

「あたしがあんたらに向けるせりふを、あたしのとは違う意味で、あたしに使うな。それ以上続けたら、毟って取るからね」

「毟り取るよりおっかない言い回しやめろよ。てか、どこから毟って取るつもりだよ」

 そこかしこの急所をそっと手で隠しつつ、麻祈は佐藤から地味に後退した。

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.個人経営らしく小ぢんまりとした店の最奥にある、四人掛けテーブルの一席である。目線を上げれば窓辺に日焼けしたカーテン、窓際からは煙草の脂(やに)を絡ませた壁紙が続き、天井まで達するとそこにある木製の送風機は梅雨の湿気を相手にのろのろと無駄な攪拌を続けている。目立った装飾品は置かれていないが、あるとするならばそれはレコードや蓄音機でなく、音割れしたラジオとくたびれたポスターがおあつらえ向きだろう。まあ、そういった店なのだ―――金儲けよりも、暇の浪費を主眼とした溜まり場。それはビンテージになり損ねた古物の末路のうち、最も平和で好ましい姿だ。

 佐藤に連れられて、ここに入った時を思い出す。

 入口からすぐそばのカウンター席には老人が数人たむろしており、右手側の壁沿いに奥へと続くテーブル席は、どれも空いていた。テーブル席はよっつで、どれも四人掛け。備え付けられた椅子は背もたれが高く、しかもそれを頭ひとつ越える丈の針葉樹の鉢―――まさかニュータイプの盆栽ではあるまい―――の整列で、席同士を区切ってある。まるで生垣だ。この種のバリケードならば、視線は阻むが声音は筒抜けだろう。しかも、店内は薄暗い。電球は燈っていた。そういった小洒落た細工がされているものか、単に硝子玉に積った埃が照度を落としているのかは、定かでないが。

 思わず、呟いていた。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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