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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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「―――あーあァ」

 その呟きは、部外者が聞いてしまったことに後ろ暗さを覚えるような艶を刷いていた……

「どうしてくれるんです? 言っちゃって。わたしの方は、まだちっとも興奮してませんのに」

 そして、葦呼が片手を浮かせて、肩の上にある麻祈の頬骨にかける。そのまま、自分の髪へと抱き寄せた。麻祈の首筋にぴったりと頬を寄せて、麻祈の頤の影でくすくすと笑う。陰徳も馨(かぐわ)しい艶美(えんび)が薫る。

「わたし以外に先生に熱を上げてる馬鹿を見せてくれるって約束したのに、これは約束違いじゃありません?」

「そ、う―――かな」

 くすぐったそうに息を詰まらせる麻祈。

 それを楽しんで、葦呼が微笑む。

「そうよ。サプライズが無いわ。期待ハズレ。ほら、どうしてくれるんです? せんせ」

 言いながら、葦呼はもう一方の手で、腹にベルトのように回されている麻祈の腕に触れた。そのまま手首から手の甲、指先まで撫で上げて、五指を絡ませる。そして、そこから掌を連れ出した。腹部からくびれ、更には乳房。その動きをみるにつれ、幻聴が聞こえた。ほら、分かる? 女の子の身体を洗う時はこうするの―――

「ちょっとそこの。どうして欲しいって思った? それ、今度アンタらふたり並んで先生にご奉仕したらいかが? わたしの次点くらいには格上げして戴けるんじゃなくて?」

 それは、こちらに問いかけて挑発するように見せかけながら、実は己の優越感を引き立たせるためだけにある高慢な口調。

 答えを必要としていない問いに、返事をする必要はない。そんな理由でもないだろうが。小杉がしたのは、絶叫だった。

「い―――やあああぁぁあ!!」

 ついで、自棄だった。

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「ええと。あの」

 少し及び腰で両手を口の前まで持ち上げて、おたつきながら小杉が口を開く。たおやかに伏せた眼と、それを痛ましげに彩る睫毛の紫紺の影は、紫乃から見ても絶妙な色気があった。それが狙いだと分かりやすいのが難点だと思えたが、美点だと思わない男だっていないに違いない……過去にどれだけ攻略を重ねてきたものか、小杉は素振りに相応しい弱々しさで、己の無垢と無邪気と無罪を訴えていく。

「違う、ちがっ、違うのぉ。あたし、ほんとに先生のこと想うと堪らなくて、我慢できなくて……」

 そこで小杉が、言葉を切った。麻祈の双眸にひとかけの体温でも宿らないかと期待したらしいが、期待はずれだったことは即座に悟ったらしい。訴えかけの濃度が増した―――言葉の数や抑揚だけでなく、身ぶり手ぶりも切実に。

「最初にデートした時から分かってました。だから、先に分かっちゃったから。先生から気持ちを言ってくれるの待ってたんですけど、この人があたしと違ってメソメソした手で先生の優しさにつけ込もうってしてるって聞いたから……それで……我慢できなくって、―――」

 いつしか紫乃も、席から腰を浮かせていた。

 麻祈は無言だった。ただ今は、言葉を隠している瞳の色をしていた。それが口から零れ落ちた時、“彼が麻祈になってしまうと”―――

 思えた時には、もう遅い。

 黒瞳が覆われた。目蓋ではなく、黒髪で。頭を下げたのだ。

「申し訳ありません」

 辞儀を固めて、言ってくる。

「俺が招いてしまった今現在の事態について、誠に申し訳なく思っています」

 そして、身体を起こし、顔を上げた。こちらへ視線を流して、最後に葦呼を見た。静かな声と沈んだ眼差しは、まるで聖書を読み上げているようで、そのせいか物腰にもある種の敬虔さまで感じてしまう―――殉教する牧師でもないのに。ないのか?

 ぞっとしながら、紫乃は不吉を予感した。

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「実際に在り得ねーからそんなデンジャラスゾーンの趣味!」

 ばっ! と―――

 葦呼の背後、モミの鉢植えの上に、大声と上半身が突き出た。さらに緑色の茂みを突っ切ってやってきた両手が、葦呼の頭蓋骨を掴む。両耳からぎゅうと握り込められて、さすがに彼女が悲鳴を上げた。

「あた」

 それはもう、葦呼らしく。棒読みに、悲鳴を上げる。

 だとしたら、あれは、彼らしいと見るべきなのか。

 椅子の上に立って、こちらを見下ろして、薄汚い手拭いを引っ被った頭を小汚い小学生キャップに詰め込み、葦呼をホールドした両腕と右のこめかみに青筋を浮かべながら、憤激を堰き止めるのに必死で早口の震えを誤魔化し切れていない麻祈は。

「あの。俺、本気でそんな趣味ありませんので。念のため。実際の趣味は、ええと……大雑把な分野で言うと数学ですが、しかしそれがこのアマと被ったのが年貢の納め時だった気がしています今ひしひしと」

「納め時を過ぎたら延滞料金だー。カネ払えー」

 言われるが早いか、麻祈が両手首を捻って葦呼を上向かせ、野次を折る。瞬時に獰猛さを燃え上がらせた面の皮を、葦呼のそれに向かい合わせて―――

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「そんなの、ホント人並みじゃん。おーげさに言うと思ったら、ナニそんな」

 と、半眼になって、頬杖をついた。首を横振りして、分かりやすく紫乃の正気を疑ってくる。

「マジありえない。おだてた豚が登った木から落ちない程度にコビ売っといて、貢がせるのが賢い女でしょ。頭イイ奴が解決できなかったような深い話聞きたいとか、馬鹿よ馬鹿バーカ。聞くだけドツボなの目に見えてる。同じイイ気分にさせるなら、並んで深みに嵌って仲間意識生やすより、下手からちやほやして『わーい僕ってちやほやされるイイ男なんだねがんばるぞーう』って深みから自力で脱出させといた方がラク。絶対ラク」

「だろね」

 葦呼だった。その声は。

 そのことに、ぎくりとしてしまう。同席するだけで、すっかり空気と化していた葦呼が、口を開いた。その意味を深追いしてしまう―――

 小杉だけが、予想外の追撃と断定して、はしゃいだ。

「ですよねー! ほら、この人だって―――」

「だから、あいつもあなたにそうしたんでしょうね」

「え?」

 束の間で寝返った葦呼に、小杉の眼の色が変わる。声色までも、トーンが落ちた。

「なにそれ」

「おだてた豚が登った木から落ちない程度に以下同順」

「どうじゅ?」

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「麻祈さんは、」

「は? なに名前で呼んでんの? こいつ」

「麻祈さんは、わたしなんかに、話を、訊いてくれました」

「はア?」

「そして、わたしなんかの話を、聞いてくれました」

 纏わり付いてくる小杉の嘲弄を振り払って、遮二無二に言う。

「だから、今度は、わたしも、ききたいんです。どうして―――」

 ―――どうして、“彼”が“麻祈”なのか。

 そうだった。それだけのことで始まって、こんなことにまで膨らんだ。貴重な時間は潰れてしまった……大事にされるべき感情は害されてしまった……だけでない。きっと、絶対それだけでは済まされない。分かっていた。

 だとしても、止められなかった。

 そして今だって、止めることができないでいる。

「ごめんなさい」

 紫乃は俯いて、自分の両膝を両手で握った。

 その様子を、小杉が見下ろしてきた。首を逸らし、虫でも見下ろす様にしつつ―――敢えて言うなら、蓼を食う虫を遠巻きに検分するような辛辣な好奇心を、眼光にないまぜにして。

「あんたさぁ、馬鹿なんじゃない? ってぇかぁ、夢見がち? 医大の偏差値いくつだと思ってんの? そんなののトップと話したい? 話が合うとか夢見ちゃってる?」

「夢―――見れたら良かったですよ。ほんと」

 笑ってしまう。

 それ自体はこれで二度目だが、今度はそんな言い逃れが通じそうもない心痛に、頬を引き攣らせて。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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