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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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「ねえ」

「うん」

「あんたさ」

「うん」

「惚れてんでしょ。あの人に」

 そして真顔のまま、続けた。

「おめでとう」

「ありがとう」

 紫乃がこたえて、話は終わった。

 それは、ひどく自然だと思えた。そう思ってしまうことに、疑問は無かった。おめでとう―――ありがとう。そのやり取りと同じくらいに、多分これは自然なことなのだろう。

 きっと、準備はできていた。それが分からずにいたし、こわくもあった。拒絶されるかもしれないから、こわがらずにいられなかったのだ。だから考えるふりをして、考えれば分かることを試さずにいた。考えるまでもない話なのに。

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.  去り際も、特別なものなどない……例えば、急にスピードを出すとか、急ハンドルを切るとか、もっと露骨に窓から手を出してオーケイサインを作るとか。どれか踏ん切りをつける目星がありさえすれば、うろうろとそれを求めて考えずに済んだのかもしれない。紫乃の声は麻祈に聞こえなかったのだろうか? 聞こえたのだろうか? 聞き流されてしまったのだろうか? だとしたら、迷惑だと思われただろうか? ―――

 だからそうして、家の前に立ち尽くしていた時だった。

「あんた、どっから出んの? その声量」

 振り向いて、振り仰ぐ。

 自宅の二階の窓から、声の主が身を乗り出していた。歯ブラシなんか銜えながら。

「お姉ちゃん」

 とりあえず、呼んでみる。部屋の電気は消されていたから、そこに姉―――漱がいるなんて気付いてもいなかった。て言うか、

「そこ、わたしの部屋なんだけど」

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。紫乃は、お辞儀したまま、目をぱちくりさせた。

 たったそれだけの戸惑いさえ彼にはなく、上から声が続く。

「もったいないなら、そのまま家の人に使ってもらって」

「あ」

 紫乃は、顔を上げた。

 そういった変化さえ、彼にはない。眉と目尻の角度だけが、微苦笑にほだされて鈍角に傾いだ。

「別に、カシパクられたって佐藤に吹聴したりしやしませんよ」

(かしぱくられた―――借りパクされた?)

「それじゃ、お元気で。おやすみなさい」

 そんな食い違った感覚さえ、紫乃にしかなかったようで。

 言い終えた彼の顔がフロントガラスに向いた。それに続いて、手の先もハンドルを握る。アイドリングから再稼働したエンジン音と排気が息巻いて、寝静まっていた夜気をどよめかせた。そんな余震だけでなく、実際に車が動き出す……ゆるりと、前に。いつの間に開閉スイッチを切り替えたのか、パワーウィンドウが閉じられようとしていた。締め出される。
あの中にいたのに、自分は履いている彼のサンダルごと、あそこから締め出されてしまったのだ。

(わたし、なんか、)

 わたし、が。わたしじゃ。わたし。わたし。わたし。

 ―――あんたいつまで、わたしだけでいるつもり?

(この期に、……及んで―――!)

 かっと、頬が上気した。

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。麻祈へ道順を説明せねばならない役割は、それを欺瞞するのに役立ってくれた。麻祈も、特に口を利かなかった……と言ってもそれは、紫乃の沈黙に引きずられてだんまりを決め込んだということでなく、従順に相槌を打つ以外は運転に気を取られていただけだろう。事前に地理に詳しくないと打ち明けてきた手前、頷ける話ではある。基幹道路から外れて市街に分け入ってからは、制限速度の半分あるかないかといったスピードで、彼は車を進めていく。紫乃とて昔、携帯電話を片手にライトも点けず前カゴ過積載で飛び出してきた中学生とニアミスしたこともあるので、慎重でいてくれるくらいでありがたい。

 通りすがりの外灯が、助手席に無造作に置かれている荷物を、アトランダムに照らし出す。五箱包装のティッシュ箱、詰め替え用の液体洗剤のボトル、同じく詰め替え用の香辛料の小パックはビニール袋から飛び出して、黒胡椒・塩胡椒・唐辛子の順に将棋倒しとなっている。パッケージの絵柄とメーカー名はばらばらだった。こだわらない性質なのだろうか……名前の呼び捨てと同じくらいに。そう言えば、彼は最初、紫乃を助手席に乗せようとした。

「…………―――」

 ややこしく物思いが濁る前に、乗用車は坂田家に到着した。

 そしてとりあえず、紫乃は思った。

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.左折ターンに振り回される感触が過ぎ去ってから、今更だけれど、ちょっぴり笑ってしまう。友人の名前をど忘れする麻祈の姿に、親密味が感じられた。紫乃は、軽く丸めた手を口に当てるようにして、噴き出した吐息を押しとどめながら、

「あんまり呼ばないと、咄嗟に出ないですよね。こういうの」

「どうかなぁ。俺が、こういった風にアウトプットされる佐藤に不慣れなだけかもと思います」

(あうとぷっと?)

 視線を横ずらせ、それを考えた隙だった。麻祈が、ふと黙り込んだのは。

 なので、その不意打ちに備えていなかった。

 聞いてしまう。

「―――葦呼」

 囁きだった。

 咄嗟に、紫乃は息をとめていた。

 そうしなければ、心臓から跳ね上がった奇妙な鼓動をやり過ごせなかった。まさかその音を聞かれてはいまいかと疑ったわけではないが、それでもすぐ前の席に目を跳ね上げる。

 どうということなく、彼は運転し続けている。気楽に耳たぶを掻いていた指先を、またしてもハンドルに添えながら、

「成る程。いいですね。佐藤より言いやすい」

 それだけだ。コメントは終わり、口が閉じられる。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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