.熱湯を一気に飲み干してからやってきたのは、内臓が爛れて焼けていく痛苦だった。声も出ない。咳も出ない。喉の奥の肉から続く粘膜という粘膜がもれなく熟れ、はじける直前で疼いている。ひくひくと舌の根が痙攣して、剥がれかけていた口の中の柔らかな皮をこそぎ落とした。熱傷確実である。思わず噛み締めた下唇まで、ぷくりと腫れていた。コーヒーカップの縁まで熱かったらしい……噛み付くだけでいっぱいいっぱいで、そんなことに気付く余裕なんてなかった。
そんな風に、数々の衝撃波をやりすごすべく、額の前に両手でコーヒーカップを掲げたビックリ姿勢のまま椅子の上でがちがちに固まっていた紫乃だから、麻祈がベッドから降りた物音にも気付かずにいた。
だから気付いた時には、手遅れだった。麻祈は紫乃の前の床に膝立ちとなって、下からこちらを覗きこんでくる。コーヒーカップを挟んだ、目と鼻の先から。
(ちちち近い近い近い!)
本当は猫背を伸ばすなりなんなりして少しでも間合いを確保したいところだが、茹で上がったばかりの消化管は引きちぎれそうに痛んで、縮こまっているようにと警告を発している。となると動けない。て言うか、その状態こそ視診すべきと判断したかのように指呼の間に居座る麻祈が動いてくれないのだから、とにかく動けない。
言ってくる。
「ごめんなさい。声をかけるの、間に合わなくて。火傷しちゃいましたか?」
(じゃなくてそーじゃなくて、それとかもーどぉでもいいんで!)
彼の言葉が、吐息混じりに手指をかすめていく。目鼻の前で持っているコーヒーカップが熱い。それは、かすめていった息の体温かも分からない。
(やめてやめてやめてやめてやめてぇもぅやめて……!)
首を振る。紫乃はとにかく首を横に振って、動悸も倒錯も振り払おうとした。
のだが、片っ端から徒労と化した。こんな時ばかり紫乃の本心を愚鈍に見落とすと、麻祈はただただ怪我人の負傷の度合いを心配してくる。
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