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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.そして、なにより増してヤバイのは。

 連絡したふりさえしてしまえば、本当に家族から心配した連絡が来るまで、ここにいられるかもと思いついてしまったことであり。

 その誘惑を一蹴して姉に繋いでしまえばいい携帯電話の液晶画面を前にした指先が、どうしてもタップ・アンド・スクロールする回数を水増しすべく、電話帳から着信履歴から発信履歴からと余計な回り道を繰り返していることであり。

(……きっと、お姉ちゃんもお母さんからの伝え聞きで、わたしがバスで葦呼の看病しに行ったって知ってるよね? てことは、バスで帰ってくると思ってて、きっと夕ごはん食べ終わって、そろそろお風呂に行っちゃおうかなってくらいだよね? いつもなら。今くらいの時間なら)

 極めつけに、それを閃いてしまったことだった。

(リラックスしてるとこ邪魔するのも悪いしね。なんなら本当に、バスで帰ればいいんだから。まだ本数残ってるし。身体も、まあまあ乾いたし)

 そう。まあまあだ。

 つまりは、このままもっと乾かすことが出来たなら。もっと、バスに乗り込みやすくなる。

 それは咎められる論法か?

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.それを拝むしかない。張子の虎のようにぺこぺこ礼をして、彼が元通りにベッドの上に座るまでを見送る。とは言え、そもそもが広くもない八畳間なので、身体を反した程度の距離でしかないが。

 それでも、呼吸のしやすさは段違いだ。まさか呼気に血臭が漂うほどの熱傷を負ったとは紫乃とて思っていないが、それでもだ。

 と。

「お姉さん」

「―――え?」

 突拍子のない話題に、呆けてしまう。

 紫乃が喋れたことに安堵したらしい麻祈は、紫乃の反応と己の食い違いまでは気が回らなかったらしい。そのまま言ってくる。

「早く、来てくれたらいいですね。お姉さん。あれ? 確か、お迎えはお姉さんじゃありませんでしたっけ? 合コンの時のそれ」

「―――あ!」

 つまり彼は、自分が茶を淹れている間に、合コンの時と同じように紫乃が携帯電話で連絡をつけ終わったと踏んでいるのだ。それもそうだろう。思い返せば、彼は雨で濡れた身体を乾かしていくようにとの意図で、紫乃をここへ招き入れたのだ。まさかまた雨が降るかもしれないのに、自動車での迎えを呼ばずにいたなんて、考えてもみないはずだ。

 考えてもみないのだから。まさか、彼が茶を淹れている間、紫乃がどうしてしまっていたのかなんて、絶対に麻祈にはバレたりしないだろうけれども。

 けれども紫乃は、彼の思い込みに従った。それはもう従順に、こくこくと頷いた。

「はい、そうですね。すいません!」

「あの。さっきから、そんなに謝らなくても。なにも悪いことしてないでしょう?」

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.熱湯を一気に飲み干してからやってきたのは、内臓が爛れて焼けていく痛苦だった。声も出ない。咳も出ない。喉の奥の肉から続く粘膜という粘膜がもれなく熟れ、はじける直前で疼いている。ひくひくと舌の根が痙攣して、剥がれかけていた口の中の柔らかな皮をこそぎ落とした。熱傷確実である。思わず噛み締めた下唇まで、ぷくりと腫れていた。コーヒーカップの縁まで熱かったらしい……噛み付くだけでいっぱいいっぱいで、そんなことに気付く余裕なんてなかった。

 そんな風に、数々の衝撃波をやりすごすべく、額の前に両手でコーヒーカップを掲げたビックリ姿勢のまま椅子の上でがちがちに固まっていた紫乃だから、麻祈がベッドから降りた物音にも気付かずにいた。

 だから気付いた時には、手遅れだった。麻祈は紫乃の前の床に膝立ちとなって、下からこちらを覗きこんでくる。コーヒーカップを挟んだ、目と鼻の先から。

(ちちち近い近い近い!)

 本当は猫背を伸ばすなりなんなりして少しでも間合いを確保したいところだが、茹で上がったばかりの消化管は引きちぎれそうに痛んで、縮こまっているようにと警告を発している。となると動けない。て言うか、その状態こそ視診すべきと判断したかのように指呼の間に居座る麻祈が動いてくれないのだから、とにかく動けない。

 言ってくる。

「ごめんなさい。声をかけるの、間に合わなくて。火傷しちゃいましたか?」

(じゃなくてそーじゃなくて、それとかもーどぉでもいいんで!)

 彼の言葉が、吐息混じりに手指をかすめていく。目鼻の前で持っているコーヒーカップが熱い。それは、かすめていった息の体温かも分からない。

(やめてやめてやめてやめてやめてぇもぅやめて……!)

 首を振る。紫乃はとにかく首を横に振って、動悸も倒錯も振り払おうとした。

 のだが、片っ端から徒労と化した。こんな時ばかり紫乃の本心を愚鈍に見落とすと、麻祈はただただ怪我人の負傷の度合いを心配してくる。

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.ガラスコップに湯飲みにマグカップ。飲み物用の器なんて、幾らでもある。父親なんてダース単位でビールを買うたびに近所の酒屋からオマケでもらってくるから、坂田家の水切り棚はいつだっててんこ盛りだ。いつだって―――てんこ盛りなのは……

 坂田家だからだ。麻祈宅でなく。

 元来、坂田家は祖父母も含めた六人世帯だった。祖父母が亡くなっても六人分の荷物を整理しないままでいるから、ふたり分の食器が余っててんこ盛りなのだ。

 だとすれば、ひとり暮らし出来る年齢に達してから、単身で単身者向けアパートに暮らす麻祈宅に余る食器がなくともおかしくはない。自分用の箸と、自分用の皿と、自分用の茶碗と、自分用の―――

(かっ、ぷ?)

 コーヒーカップ。ぎくりと、それを考える。

(い……いつもこれ使ってるのかな? 今朝なんかも使っちゃったりしちゃったのかなこれ? わたしそれどうなのかなそれ? そりゃ葦呼ん家でも水ごちそうになったけど葦呼ん家にはいくつか食器あるし実際わたしも葦呼もコップで水飲んだしっていうかこんなこと気にするとか中学生じゃあるまいしペットボトルの回し飲みだってどんだけ昔へっちゃらでやっちゃったと思ってるの? え? どんだけ昔だっけ?―――)

「―――あの」

 と、麻祈が呼びかけてきた。そして、

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「熱いので気をつけて下さいね」

 それだけで終えると、傍から退いた。

 身体をひねるくらいの動作で、すぐそこのベッドの横腹に腰掛ける。ぎし、とベッドの鉄骨の関節が軋んだ。いつものことらしく、麻祈は平然として座り直しさえしない。平然と。

 せめて、自分もそれを装わないといけない気がした。腹の前に寝かせていたショルダーバッグを、椅子の背もたれと背中の間に回してから、ぎくしゃくとコーヒーカップに目を留めて……

 麻祈の手元には、それがないのに気付く。

 紫乃は、テーブルから麻祈へと身体の正面をずらして―――とはいえ真正面に向き合う度胸なく、その十センチか二十センチか隣にいる人を見るような感じで―――、気まずく口を開いた。

「あの。麻祈さんは、なにも召し上がらないんですか?」

「え?」

「その。お飲み物」

「いえ、お気になさらず。どうぞ」

 まるで紫乃の杞憂を払うかのように片手を顔の前で振り、麻祈が続けた。

「俺、今、茶碗でも飲みたいと思うほど、喉は渇いていませんから」

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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