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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.じっとしておれず、杭に繋がれた犬のように、その場でぐるぐると歩きまわる。総合病院の勤務医というのがどういったローテーションで働いているのか知らないが、事実として時刻は夕刻を過ぎ、車の流れや人の流れが朝と逆流する頃合いと言えた。その流れの中に彼がまだいないなんて、どうして断言できようか?

(だっ駄目だ駄目ダメ絶対だめ! こんなとこにいるなんて駄目だ、わたし―――!)

 豪雨は続いている。これからも続かない保証はない。

 まだ誰も帰ってきていない。これから誰も帰ってこないなんて保証は絶対にないし、それが彼でないという保証こそ存在しない。

 雨に濡れても死なないが、ここにいることを彼に目撃されでもしたら、悶死する瀬戸際まで行く。きっと行く。かなり行く。

 こみあげてくる動悸に、走り出せと責付(せっつ)かれているように感じた。

「―――……!」

 紫乃は、雨天に飛び出した。


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「ひゃっ!」

 悲鳴を上げて、紫乃は背後を振り返った。誰もいない。うなじを押さえた掌が濡れていた。

 と同時に、ぱし・ぱし、と耳の上や肩口にも衝撃がやってくる。地面にもだ。乾いていたアスファルトに、見る見るうちに水滴がはじけて、花火模様が広がっていく。雨だ。

 紫乃は思わず、目前のアパートメントの軒下に飛び込んだ。その総合玄関は、一畳半あるかないか……男性同士なら行き交おうとすれば肩同士がぶつからぬよう気後れするような狭い甍(いらか)の下に引っ込んで、雨空を窺う。夕立だろう。夏の風物詩だ。驚く気にもなれず、止むまでの時間をやり過ごす。一分が経ち、五分を超えて、……

 雨脚は強まり続け、土砂降りと化した。

 土砂降りというか、土砂崩れである。あまりの変貌っぷりに、ぞっと腰が引けてしまう。まるで、滝の裏側から外を見ているようだ。足元は歩道から浅瀬となり、泥水を下流へと流し終えて清流へと変貌している。雲もまた、綿が墨を吸うように、どす黒く変色してしまっていた―――夜に差し掛かっての闇色ではなく、稲妻を何発も含んだ不吉な暗黒が、とぐろを巻いてゴロゴロと波打っていた。

「ゲリラ豪雨?」

 ひとり言は、アパートの玄関に響くまでもなく、雨音に掻き消された。それだけは、都合がいい。

 とは言え、自分の他に誰もいない今、不審がられるわけでもなし、響いてくれても一向に構いやしないのだが。これから帰宅してくる者がいれば、ここで鉢合わせになるのだから、口を噤むのが間に合わないなんてことは無いし―――

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.そして、両足の力みが疲労に変わり、動けなくなって、ようやく立ち止まる。

 いつしか紫乃は、住宅街から、基幹道路に接する路地まで来ていた。目の前を行き交う自動車は相当量あり、これから帰宅ラッシュに差し掛かる前哨戦の気配を漂わせ始めている。車道沿いに青看板を探すと、国道と書かれていた。そこに掲示された番号は、携帯電話の液晶画面に表示されていた数字と同じだ。

(この、あたり……)

 紫乃は、周囲を見回しながら、もう一度進み出した。

 通り道にしたことはあっても、目的地にしたことは無い界隈である……四車線の車道に連なるようにして、大き過ぎないビルと小さ過ぎない家屋が立ち並んでいる。ビルはどれもアパートメント用らしく、社名看板を掲げたものは見当たらなかった―――かと思うと、どう見ても民家らしき表札に、クリーニングと銘打っているものもある。繁華街と住宅街を足して二で割り、三十年くらい時代遅れにしたような雰囲気……とでも形容したらいいだろうか? 繁華街にいるよりは長い・かつ実家で暮らしたよりは短い時間だけ人々が居着いては入れ替わる、そういったローテーションを三十年は繰り返してきたような、単身者が目当ての雑居群だ。だからというか、ぽつぽつと虫食い穴のように存在する空き地や自家栽培の畑よりも、ひとり暮らしの者を消費者に当て込んだ店が目に留まる。歩いても歩いても途切れずにやってくる。銭湯、コインランドリー、レンタルビデオ屋を兼ねた大型書店、そして―――

 着いてしまった。ついに。

(ここ、なんだ……)

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.葦呼の顔色は血色を取り戻したとは言い難かったが、言い回しや仕草に血が通う程度には―――「ああ、明日、職場で平謝りしなきゃ……平らに潰れて謝らなきゃ……ひらべったく……ひらべったい……ひらひらべったり……」「ごめん。聞くだにコケそうそれ」「じゃーどーしたらよろしげかー!?」「まず平らに潰れないとこから始めようよ」―――回復したように思う。上の空だったせいで、確信は持てないが。

 まあ、確信の無さについては、葦呼とてこちらと似たり寄ったりだったようだ。最後に彼女は、こんなことを言いながら、紫乃を玄関から送り出してくれた。

「あたしのために来てくれたのに、ろくなこともしないロクデナシどころか、ぼわっとしててゴメン」

「―――こちらこそ―――」

 ぽろっと零れてしまった本音を、葦呼は見落としてくれた。ぼわっとしていたのだろう……葦呼の方は、二日酔いに取り憑かれて。

 そして、葦呼宅を出た紫乃は、真っ直ぐに集合住宅の敷地から出た。見送っている葦呼の目線を意識していた。

 なので門扉を曲がり、それが塀の向こうになった途端に、外聞は崩れた。駆け出してしまう。躓いて、転びかけた。どうにか持ち直す。前のめりにアスファルトへ倒れるなんて、とんでもなかった―――下腹に、ショルダーバッグを抱き締めていた。

 小走りするまま、携帯電話を取り出す。液晶画面に地図が復活した。それを目線で掻い摘む。ショルダーバッグは肩掛けにして、携帯電話を手にしたまま、駆ける。

 息が上がってくる。咳き込んでしまう。呼吸の摩擦に不慣れな喉が腫れぼったくなって、わき腹には鈍痛が溜まる。熱っぽい瞼に涙が滲んで、目指す先に行こうとするのを邪魔する。目指す、先―――

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.そして、硬直した身体の内側にぶつかって落ちた。そんな気がする。そうに決まっている。そうでなければ、説明がつかない。重苦しく痛み出す腸と、暑苦しく撃ち出される血液。汗を含んだ指紋と、乾せてきた舌が粘る。

 粘りながらも、舌が動いてくれた。

「ぷ、プリンストン」

 口から出任せだったのだが、葦呼は思い当たることでもあったらしい。訳知り顔で、自分の座布団に座る。

「―――あー、はい。Princeton(プリンストン)。が、どーかした?」

「って、どんな王国かなって。その」

「王国?」

 葦呼の疑問符が転調した。

(しまった)

 王子(プリンス)なんて付いてるから王国なんて言ってしまった。口から出るに任せ過ぎてしまった。悟った頃には遅い。邪気無く、葦呼が追い詰めてくる。

「あたしが知ってるPrinceton(プリンストン)と違うなー。そんな王国あんの?」

「調べてるの今。調べてるから。ね?」

「うん。分かったら教えて」

 と、言い終えて、コップの塩水をすすり始める葦呼。追撃の気配は感じられない。

 紫乃は胸元に押しつけていた携帯電話を引き剥がして、今一度、液晶画面を注視した。そこには地図があり、ピンが刺さったようなマークで、検索した住所の該当個所を表している。やはり、知っている地図だ。葦呼の勤務している病院も、その最寄りの駅の名称も知っている……つまりは、その両者の中間あたりに、その住所はあった。ここからなら歩いて行けない距離じゃな 

「あった?」

 葦呼から問われて、思考が消し飛ぶ。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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