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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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「葦呼ちゃんのご両親は? その話は?」

「してないんじゃないかなぁ。前に、ちょっと鼻風邪で電話に出ただけで、それ見たことか医者の不養生めって押しかけ女房されかけたらしいから。こりごりだって言ってたもん」

 大学へ進学するために単身で上京した葦呼は、地元に帰ってきてからも、ひとり暮らしを続けていた。実家から通勤するには距離があるというのは本当だろうが、両親の過干渉から物理的に距離を置きたいというのが本音であることは、推してはかるべきだろう……結婚・同居・孫の誕生の三点セットをせびってくるのは紫乃の父母も同じだが、その殺気立った険呑さは桁が違う。少なくとも紫乃の親は、血縁の年忌法要だと嘘をついてまで、見合い相手との会食に連れ出したことはない―――あまつさえ、その件について父を問い詰めたところ、「こんなことまで親にさせるほど追いつめたのはお前の方だ」と逆ギレされたこともない。

 その諍いは、葦呼から匙を投げたため休戦状態となり、いつの間にやら和平交渉を締結したことになっていたそうだ―――少なくとも葦呼の父にとってはそうらしい―――が、和平交渉とはそもそも和平しているなら在り得ないものだからして、つまりいつだって和平したという建前の裏から相手を侵犯する口実を狙っているという裏返しだ。鼻風邪の件がそれに当たる。

「あの手この手で追い返したらしいけど。それに、もの凄まじく苦労したんだって。色々」

「あらら。かわいそうに。どっちもこっちも」

「どっちもこっちも?」

「そりゃそうでしょ。子どもと親だもの。他の誰にも肩代わり出来ないし、やめられないしね、こればっかりは」

 遂に母は、本格的に料理する手を止めた。包丁を手放して、エプロンの裾で指を拭い始める。そうして、仕草ばかり先走らせながら、

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「葦呼……?」

「……はイ……」

 返事があった。有り体に絶不調な片言で。

 なんとなく片手なんぞ顔の横に広げつつ―――要は降参を固めながら―――、恐る恐る紫乃は声を掛けた。

「ど、うしたの?」

「きのぅ……死ぬほど酒飲んだっぽい。のに……死ねてなくて、どうやら死なないらしいくせしてこれからも死にかけるォヴォウゲエエェェええ……」

「わわわ分かった。だから助けてってことね。分かった」

 生々しい音に思わず耳朶から携帯電話を浮かせつつ、紫乃は焦って葦呼を宥めた。前代未聞の事態だ―――ただしそれは、葦呼が犯してしまった失態としてはそうだというだけで、華蘭がやらかす珍騒動としてはちょくちょく在り得る。こんな電話も、まま過去にあったことだ。大体は、葦呼に通じない時に紫乃に回されてくるのだが。

「葦呼、実家じゃなくて自分のアパートだよね? 華蘭と遊びに行ったあそこだよね? わたしなら大丈夫だから、今から行くね。水とか、お粥とか、買ってきて欲しいものある?」

「……まごのて、でも……」

「て?」

「猫の手、でも……」

「それ買うものじゃなくて借りたいものだから! ああもう、とりあえずそっち行くからね。欲しいものはそこで訊くよ」

「らじゃあァ」

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(どういうこと? どういうことなの? なんの話なの? 葦呼にとっては)

 紫乃には皆目、見当もつかなかった。

 それだって、いつものことだ。

(違う)

 葦呼らしい言葉は、分かったことがない。

(違うったら!)

 今まで通りに楽をしたいだけのことに、“彼女”まで巻き込むのか。

 紫乃は、鷲掴みにして抱えていた携帯電話を、そっと胸元から剥がした。体温の塊のようになってしまった液晶画面に触る。反応して起動するディスプレイから、佐藤葦呼を見つける。電話を掛ける先に、彼女がいる。いないかも知れない。“それがこわい”。

 音声発信する土壇場で、指先が止まってしまう。

 このままでいれば、これからのすべてから免れる。そう思うし、このままで済ませる理由とてある。葦呼は総合病院に勤務している女医だ。こんな平日の午後に、電話の応答など不可能に違いない。それに激務で忙殺されているのだから、過去にあったひと悶着など、とうに風化し切ってしまっているはずだ。蒸し返してどうなる? だとしたら? 携帯電話をしまえばいい。電源を切って、窓を開けて、空気を入れ替えれば心も入れ替わる―――

(うるさい!)

 無音で怒鳴りつけて、紫乃は電話を発信した。

 携帯電話を耳に押し当てる。コールが続く。コールが長い。それ見たことか、だから最初から諦めておけば―――

(うるさいってば!)

 直後だった。電話が通じたのは。

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.もう窓を開ける気にもなれない。ずるずるとその場でカーペットにへたり込んで、掴んだままの携帯電話ごと胸骨を押さえつける。まだのたうちまわっている心臓が、気味悪い。ああまったく、階段を駆け上がってから、もう何秒たってると思ってるの!

(そんなことないって言おうとした。わたし、そんなことないって言おうとした)

 男の子にでもフラれたの?

(なんで。なんで、なんで……?)

 なぜ母から。なぜ、そのような話が。

 そして、なぜ自分から、あのような母への返事が。

 おかしい。馬鹿げている。ありえない。だって、紫乃が“彼”に対して抱いていたのは、いつだって“どうして”という言葉だけだった。

 言葉……それは、華蘭ならば、昼ドラのような三角関係だったと語るのかもしれない。小杉に至っては、人の恋路の邪魔をする三下を蹴散らした武勇伝の一ページを増やすどころか、憧れの男性から袖にされるならまだ良かったものを、変態どもがカタルシスを得る余興として使い捨てにされるという黒歴史へと暴落させられたのだから、貝のように口を閉ざして話さないに違いない。

 ―――麻祈は、恐らく、語らない。そう思える。話さないのではない。はなから話にならないのだから、語りようがないものはしょうがない。それがなにか? ―――と。

 やめなさい。……こんなこと、言う気力さえ失くしてくれるんだから。あの王様は。

(葦呼)

 はたと、紫乃は思い出した。それは唯一、葦呼が紫乃と麻祈について語った言葉だった。

(……あの時の葦呼、妙だった)

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.ふと視線を感じて、椅子に座ったまま、母を見上げる。すると母は、やはりこちらを見ていた……否、見ながら、身体をこっちに向けた。買い物袋から最後に出した紙箱を、ことんと台所に置いて―――あ、今夜はカレーなんだ―――、適当な手つきで買い物袋を四つに畳む。

 視線を外さぬまま、言ってくる。

「ねえ紫乃」

「ん?」

「男の子にでもフラれた?」

 ばたん!

 と、音を立てて倒れたのは、食卓に乗っけていた紫乃のバックだけれど。

 むしろ自分が転倒していた方が、その痛痒と恥ずかしさに気を取られることができたから、よっぽどマシだったろうと思う。誤魔化しが利かない。言い訳が成り立たない。まずは動悸。次いで、汗。室温とは無関係に跳ねあがる体温。熱過ぎて、ほせ上がる思考、ゆで上がる血液、せり上がってくる心臓。うわずる声―――

「いや。は。な? え。そんな。違うから。まだそんなこと、な」

 と。

 それを聞いてしまって、紫乃は愕然とした。そんなこと。それがないって何? わたし。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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