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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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「ど、こ、いくの?」

「トイレぇ」

 言葉通り、葦呼はふらふらと居間から迷い出て行った。トイレはキッチンの横にある。ちゃんとドアも閉めていった。

 となると、居間には自分だけだ。

 更なる上には、この手中に、この絵葉書があるのも今だけだ。

(見るだけ。見るだけだから。とりあえず見るだけだから)

 唱える。

 内心で、念仏のようにそう唱える。

 のだが、絵葉書の裏を見て、どうにかUSA(ユー・エス・エー)とPrinceton(プリンストン)だけは読み取って、そうして遠回りしてみたもののやっぱり表に引っ繰り返して、そこに書かれた段麻祈の字をもう一度見て―――英語と打って変わってカタコト感が残る字だ―――しかもその横に日本の住所が書かれているのまで見てしまった途端、暗誦する語句がその住所にすげ替わる。

 さっと他の紙束をまとめ、知らん顔して卓袱台の端に寄せる。葦呼の姿はまだ見えないが、胸の鼓動はカウントダウンのタイマーのように時を数え始めていた。
それを無視できない。心音が、早鐘として警鐘を鳴らしていると―――そう感じるし、危機感も募る。のだが。

 手は、ショルダーバッグから携帯電話を取り出している。

 指先は、インターネットにアクセスして、地図検索欄に住所を入力している。

 目は、画面が検索中の印を燈すのを待ち侘びている。

(今のわたし、やばいよ。やばい……)

 燈し終えた。

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.ざっと三十はありそうなそれを、ぱらぱらと検分していく。大きさの大小のみならず、色合いも白黒ガリ版からフルカラーまでごちゃ混ぜに、封書からチラシまで揃い踏みだ。送り主も実に様々である。眼鏡店の新規オープンフェア―――親鸞聖人の説法会―――街中コンパ・どうですか?―――スマホ乗り換え・今だけ割―――エアメールさえ挟まっていた。ぼそぼそした手触りからして外来品だと丸わかりの絵葉書に、漢字が書いてあるのが、ものすごくミスマッチ……

(って。漢字?)

 違和感に、次へと進んでいた動作を巻き戻して、絵葉書に戻る。眺めると、裏面はどこぞの外国の市街と思われる風景写真で、添えられた筆記体も英語だった。型崩れした走り書きで判読できないが、漢字は見当たらない。

(あ。そっか。宛名が漢字なのね。佐藤葦呼って。そりゃそうか)

 なんの気なく、絵葉書を裏返す。

 段麻祈。その差出人を見つけた。

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.ぴた、と葦呼の動作がフリーズする。

 一秒。二秒。三秒が経つ頃には、わなわなと震えだす。やっと呼吸し出したようで、せりふも戦慄いていた。うわ言のように口走ってくる……なんでか目を閉じたまま。

「なにゆえキッチンの流し台にユーウビーンブーツー? Haveを足すだけでHave you been boots? アナタ今までズット靴磨き(職)してたノーう?」

「ごめん。そんな風にトンズラされると、葦呼が咄嗟に言語野だけでも海外に高飛びさせたくなったんだなってことしか分からない」

「覚えてない……昨日の夜、ポストから持ってきたのかな……このあたしが、昨日のことさえ覚えてない? 覚えてないよ……」

「そ、そこまでショックなの? 酔ってた時の記憶を失くすって、結構あるらしいよ? ほら、華蘭なんか、橋の欄干に馬乗りになって『わたしを解き放て! しゃちほこ!』って絶叫したのさえ覚えてなかったし」

「あれは忘れたふりでもしないと穴を掘って入りたい衝動に負けるからじゃないかと……」

「まあそれは疑う余地ないけど」

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.ドアを押しのけて台所に入ると、居間とは正反対に整理整頓された炊事場が待ちうけていた。とてとてと空間内に入ってみても、印象は覆らない。調味料はガスコンロの横に整列しているし、布巾も四つ折りに畳んである―――ここだけ拘って綺麗にしているというよりか、乱れるほど使わないのだろう。手にした塩の小瓶の蓋をよく見ると、うっすらと埃が付いていた。

(拭いた方がいいよね)

 とはいえ、そこにある四つ折りの布巾とて、使われなかった期間は調味料と似たり寄ったりに違いない。最近になって手をつけたようなものはないか、視線で物色していく。流し台の横に置かれた食器の水切りに置いてあるのは、俎板とピーラー……キッチンシンク下の物入れについた取っ手に引っかけられているのは、ヒヨコ型の鍋掴み……そして台所シンクの中には、紙の山。

(……紙の山?)

 訝しんで、紫乃は見咎めたものをもう一度凝視した。確かに、シンクの中に、こんもりと紙の山が出来ている。といっても、屑籠のように丸めたごみのようなものではなく、どれもこれも平たい長方形ばかりだ。封筒も混じっている。どうやら、広告チラシや手紙らしい。

(なんでこんなところに……)

 訝る。前に訪れた時は、葦呼にこんな生活習慣は無かったように思うのだが。

 胡乱に紙の山を観察するのだが、どの封筒にも開封された形跡はなかった。チラシ類はともかく、封書には期限内の振り込みや返信を請求するものだってあるだろうに。

 迷ったが、紫乃は服の裾で塩の小瓶の蓋を拭いてからポケットに入れた。空いた両手で、その紙の山をすべて掴み取る。

 まだ倒れたままの葦呼のところへ戻って、声をかけた。

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「―――紫乃と違って、あの野郎は、確信犯でね」

 と、呼気を重ねる。今回は確実にため息だった。

「しかもタチが悪いことに、そのものどころか後始末までそつなくこなせちゃうもんだから、誰も野郎を止めようなんて思わないし、好きこのんで首を突っ込んだりもしないんだよね」

 と、葦呼が身動ぎした。彼女の私物なのだから、居心地悪いわけもないだろうが、それでも具合悪そうに座布団の上に座り直しながら。

「だけど紫乃はさ。ききたいって言ったよね?」

 念を押してくる。頷くでもないが。

 だからこそか、そのままさらりと語尾を継いだ。

「なら、首突っ込んでやってよ。好きこのんでさ」

「す!?」

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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