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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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(うわ。ごちゃごちゃだ)

 目をとめたそれは本当にメモのようで、自分には読み解けない文字が走り書きされていた。数字―――数は分かるが、そこから連なる数式は分からない。別の紙を見る。アルファベット―――それだって分かるが、それで成り立つ英語は読み解けない。日本語―――ウエノ。

「え?」

 ウエノ。そう書かれていた。

 だけでなく、ウエノの片仮名は円で囲まれて、隣にある同じような円に繋げられている。メモをイラストとして俯瞰すると、同心円状にある蟻の巣のように見えた。それを、連ねて読んでいく。

 失神?

 貧血。

 生活音……筆記体。読めない。

 読めなかったものは、他にもある。と言うより、半分も読めなかった。ぶっきらぼうに白紙を埋め尽くす文字は黒一色で、ただでさえ暗がりに混ざってしまっていたし、紫乃は半分も読まないうちに何よりも読み解けるそれと遭遇してしまった。

 メモの真ん中あたりで。

 何度も円く囲まれて、まるで繭にくるまれたみたいに。

 それを、思わず読み上げる。

「坂田」

 それは名前。紫乃の名前。

 ウエノも、貧血も、ほかに記されたすべての言葉が、あの夜の自分を綴っていた。

 こんなにも、綴り―――書き留め……考えていてくれた。

(―――……ここに、いたんだ)

 彼が、いた。

 紫乃が見つけてしまった彼が、確かにここにいた。

 膝の上から、右手が浮いてしまう。そっと、音を立てないように、メモ用紙に触れようと―――

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.コーヒーカップの扱いから、中身が空なのは知れた。部屋の中央にいる紫乃を横切って、壁際の冷蔵庫に手を掛ける。上下ふたつの扉のうち、下の方が扉の面積が大きい―――そちらが保冷庫で、そこから飲み物を注ごうとしているのだと思い込んでいたのだが、彼は上の方を開けた。

(あれ?)

 やはり、上段は冷凍庫のようだった。タッパやら白っぽい包みやらが入っているそこから、氷が詰まったビニール袋を慎重に取り出す。手前に適当に積んである袋モノを崩して床にぶちまけてしまっては一大事だからだろう。レトルトカレーはともかく、ビーフジャーキーは開封済みのものだ。

(なんで食べさしのビーフジャーキーとレトルトカレーが凍らされてるの……?)

 レトルトのカレーなんて、常温保存できるからの保存食ではないか? ビーフジャーキーは干物だから、凍る水分なんてないのではないか? となるとこれは、独り暮らしするうちに発見した、旨味が増す隠し技なのか? 単純に置き場に困っただけなのか―――

「あの。ごめんなさい」

「ほえ!?」

 いきなりの謝罪に、おったまげる。

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「すみません。いつも帰って寝るだけなので、メインの電灯が切れたままほったらかしなんです。これで我慢してください」

 つまり麻祈は、帰宅すると寛ぐこともなく寝入ってしまうような多忙さだということで。

 でもって、それでもこれから紫乃にかかずらうということでもあり。

 て言うか、まじまじとまたしても室内観察してしまっているし。

「はい……ごめんなさい……」

 肩身が狭くなる思いで、実際に小さく肩を縮こまらせつつ詫びるしかないのだが、麻祈は真に受けていないようだった。目端と片手の仕草で紫乃に部屋中央の席を勧めると、さっさと部屋に入ってボディ・バッグをベッドの上に置く。そのまま歩いて頭側のベッドサイドにあるテーブルまで行くと、手首から外した腕時計を乗せた。長袖に隠されていて、そんなものを身につけているなんて、ちっとも気が付かなかったが。

(……無駄なく動く人だなぁ)

 なんて言うか、動線が効率的だ。自分なんか、帰宅したらベッドに座って、なんだったら寝転がったり雑誌読んだりして、それから着替えるくらいなのに。麻祈はもう荷降ろしを済ませて、ベッドの先にある窓へと更に進んでいる。カーテンを閉めるつもりだろう。サンルームがバリケードになっているとはいえ、明りがつけられた室内は、ガラス窓越しに通行人から見えてしまうものだ。

 窓際の土壇場で、それが止まった。挙げかけていた指先を元通りに下げて、麻祈がまだドアのところに立ちんぼしていた紫乃を顧みる。

「もしかして。坂田さん、濡れたから寒いとか、あります? 俺、このへんがどれくらいだと快適なのかよく分からなくて。寒いようなら、エアコンで調節も出来ますけど」

 カーテンではなかった。窓を開けようかしていたのを中断しての、明確な、こちらへの気遣い。

 紫乃は、しどろもどろに告げた。

「いえあの―――暖かいくらいで」

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「ひと段落したら、靴下を脱いで、この袋に入れてください。あとそれ、俺のスリッパですけど、」

 と、指差した廊下の隅には、言葉通りにスリッパがあった。布製の、ありふれたものだ。気付いていないわけではなかったが、気にかけてはいなかった……と言うか、気にかけていられなかったというか……

「よろしければ使ってもらって。素足でフローリングというのも冷やっこいでしょうから」

 目が点になる。

 点になった目で、ぎくしゃくと、麻祈を探る。彼は臆面なく、紫乃を見ていた。手を伸ばせば触れられる間近であるから、それを見間違えたりしない……ましてや、見慣れていることだから、見落としたりしない。紫乃が遠慮して、気兼ねして、辞去することを待ち望んでいる下心は、彼にない。

 それでも、言ってしまう。自信が無い自分だから、彼から言質を取りたかった。

「は、履いて、部屋の中まで入っていいんですか?」

「……じゃなかったら、なんのためのスリッパ?」

 こわごわと尋ねるのだが、彼こそスリッパにおける未知の活用法を警戒するかのように、声をひそめてしまう。言われてしまえば、彼の言い分こそ本当にその通りなのだが。

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「……今、部屋からタオル持ってきますから、ちょっとだけそのままでいてくださいね」

 言い残して、麻祈が奥に行ってしまう。気まずくなったのだろう。紫乃のせいで。

(やめてよ、やめてよもう! ほんと! そんなの嫌なんだってば―――!)

 愉快で心地好い時間を演出する手管が、自分にはこんなにも無い。

 自分の好奇心を埋めるためになら、目ざとく炊飯器から洗剤のタイプまで見つけた挙句に、芳香まで嗅ぎ分けておきながら。

(最悪だ……わたし……さいあく……)

 のうのうと思いやりを受けていい分際ではない。こうしている間も、足元には水たまりが広がりつつある。こんなことにまで手を焼かせるくらいなら、もう逃げ帰った方がマシなのではなかろうか―――

(いやいやいやそれは無いさすがにそれは無いでしょってここまで来ときながら! どうしよわたし、どうしたら―――あ)

 固まらせた視線の先にある、フローリングの廊下。そこに、靴下を履いている麻祈の爪先が戻ってきた。

 どんな顔をして彼を見上げればいいのか分からない。そうしているうちにも間合いは狭まり、ついに目の前にやってきた。畳まれた何枚ものタオルを、両手で下から抱えている。

(どうしようどうしようどうしよう)

 さすがにこのまま項垂れ続けるのは無礼だろうが、顔を上げる決心もつかない。

 と、

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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