「すみません。いつも帰って寝るだけなので、メインの電灯が切れたままほったらかしなんです。これで我慢してください」
つまり麻祈は、帰宅すると寛ぐこともなく寝入ってしまうような多忙さだということで。
でもって、それでもこれから紫乃にかかずらうということでもあり。
て言うか、まじまじとまたしても室内観察してしまっているし。
「はい……ごめんなさい……」
肩身が狭くなる思いで、実際に小さく肩を縮こまらせつつ詫びるしかないのだが、麻祈は真に受けていないようだった。目端と片手の仕草で紫乃に部屋中央の席を勧めると、さっさと部屋に入ってボディ・バッグをベッドの上に置く。そのまま歩いて頭側のベッドサイドにあるテーブルまで行くと、手首から外した腕時計を乗せた。長袖に隠されていて、そんなものを身につけているなんて、ちっとも気が付かなかったが。
(……無駄なく動く人だなぁ)
なんて言うか、動線が効率的だ。自分なんか、帰宅したらベッドに座って、なんだったら寝転がったり雑誌読んだりして、それから着替えるくらいなのに。麻祈はもう荷降ろしを済ませて、ベッドの先にある窓へと更に進んでいる。カーテンを閉めるつもりだろう。サンルームがバリケードになっているとはいえ、明りがつけられた室内は、ガラス窓越しに通行人から見えてしまうものだ。
窓際の土壇場で、それが止まった。挙げかけていた指先を元通りに下げて、麻祈がまだドアのところに立ちんぼしていた紫乃を顧みる。
「もしかして。坂田さん、濡れたから寒いとか、あります? 俺、このへんがどれくらいだと快適なのかよく分からなくて。寒いようなら、エアコンで調節も出来ますけど」
カーテンではなかった。窓を開けようかしていたのを中断しての、明確な、こちらへの気遣い。
紫乃は、しどろもどろに告げた。
「いえあの―――暖かいくらいで」
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