. 店は、まだ繁盛を続けるらしかった―――通りすがる客席の顔ぶれは入れ替わって、食事ではなく酒精と歓談をつまむのを目的とした年齢層の割合が増えている。繰り言もろともチーズを噛む老人達や、シャンパングラスを繊細なベルとして奏でては、乾杯でなく幸福を暗に周知させてくる恋人同士だ。
それらの憚(はばか)りとならぬよう、縁の下でくるくると立ちまわっていた給仕係のひとりが、それでも律儀に紫乃へと頭を下げてくる。
「ご利用ありがとうございました。道中、何卒お足元にお気をつけて、お帰りくださいませ」
「あ、はい。ありがとうございます。こちらこそ美味しかったです。はい」
そうして礼を返すうちに、歩を止めてしまっていた。
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