. 高鳴る鼓動が邪魔だ。音なんか、それしか聞こえてこないんだから、とにかく邪魔だ。だったら耳じゃなく、目で確かめないと……室内を覗かないと……
そうする。もうわずかばかり、ドアを開けて、首を突っ込む。見えてくるのは、小さな玄関から、奥へと伸びる狭い廊下。芳香剤の香りの中に、生活臭を嗅いだ。廊下の上には豆電球が点灯されっぱなし。パンプスが一足、横転している。誰もいない。
そしてやはり、なにも聞こえない。
なら、奥では音が聞こえている誰かがいるのか、確かめないと。紫乃は喉笛を吹くために、息を吸った。乾いた舌が粘膜から剥がれてひりつく。呼吸器を焼き上げてくる空気が、そこをこすって痛い。考えろ。それを考えろ。考えればいいじゃないか。二の足を踏む理由はこんなにもあるのだ。そのどれひとつも採用しないでおく理由こそ、ひとつさえありはしない―――
「う、えの、さん?」
呼びかけた。
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