. 夢は見たかもしれないが覚えていない。今迄それを不愉快に思ったことはない。
だが、これからは不愉快に思うだろう。少なくとも、あと半日ほどは、絶対に。
(昼寝だけはしない。これから半日だけは絶対にしない)
午前八時に携帯電話のメール着信音四連発に叩き起こされて、麻祈はベッドの上で座り込んでいた。顔を押さえた指の柵の向こう、ちらとカーテンに目配せすると、もったりした青灰色のそれの隙間から朝日がこぼれているのが見える……あれは本来、正午前の陽光のはずだった。のだが、こうして朝日が見えている。
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(いや。うん。バイブも音もつけっぱにしてた俺が悪い。ってか、オンコール日じゃないなら電源ごと切って寝ればよかったんだ。サークルの追いコンとかが終わってたから油断してた)
眉間の皺を揉みながら、どうにかメール送信者を逆恨みしないで済むよう、内面と折り合えないか試みる。胸中、うんうんと己の説得に頷いて、麻祈は携帯電話のメール受信箱を確認した。ゆっきーなと出ている。思わず携帯電話を畳む。
「…………―――」
猛烈に倦みながら、麻祈はこめかみを押さえた。
いっそ、ふざけてみる。悪ふざけともいう。つまりは、わざとらしく呟く。
「キショーい、めっちゃ二日酔い。サイテーさいあくー(Ewwww, I’m really hung-over. I feel like shite.)」
イングリッシュの豊饒たる抑揚が消えると、切ない現実が沁みた。
いつも通り己の強靭な肝臓は、とっくにアセトアルデヒドの解毒を完了済みで、今朝も意識は聡明で五官は澄んでいる。だとすれば、奥の歯髄を病んだようなこの激烈な不快感は、間違いなく悪い予感だ。それに気付いてしまう。が、先に気付いたのは携帯電話のメールの着信の方であり、だとすればとりあえずそちらを先に片付ける方がスジは通っている。悪い予感など外れるのが常だということもあるし。
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