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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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「あさきの かんさつにっき」だん・おうしろう

 この前から、あさきが、うちに帰ってきています。あさきは、ぼくのおとうとです。
 きょう学校から帰ったら、あさきが遊ぼー遊ぼーと付きまとって離れません。あさきの学校は外国にあって休みだけれど、ぼくは明日も学校があって宿題もあるので、ちょっと無理だなと思いました。
 なので、ぼくはサッカーボールがあったことを思いついて「リフティングが20回できたら遊んであげる」って言いました。あさきはきっとできないだろうな、20回やりとおすくらい遊んでほしいんなら遊んであげてもいいかって思ったからです。
 けど、あさきは、目をぎょっとさせて、「しない! だめ! したらだめ!」ってバタバタごねるのです。
 「ただのリフティングだよ?」って言って聞かせても、頭をぶんぶか横に振って、泣きそうになるだけです。
 わけがわからなくて、おろおろしていたぼくは、はゆぅがにょっきり廊下の影から顔を出したことに気付きませんでした。はゆぅは、ぼくのいもうとです。
 はゆぅはおもむろにサッカーボールを投げつけて あさきを狙撃すると、「20点とる遊びを、あさきでやってみよっと」ってつぶやきました。
 すいません今の一撃は何点ですかと、なぜかぼくは敬語で考えてしまいながら、サッカーボールを頭上にかかげた はゆぅが四つんばいで逃げ回る あさきを追いかけてどつき倒すのを見送るしかありませんでした。どうせ、じいちゃんが帰ってきたら、いつものうちに戻るんだし。
 宿題をしてから、はゆぅと あさきを探したら、あさきだけ見つかりました。さるすべりの間で、死んだ魚のようにぐったり倒れながら、どことなくぼろぼろなかんじで「ねぎが。ながねぎが」と不気味なうわごとを言っていました。
 さすがにかわいそうだったので、あさきを起こしてから、ふたりでドミノ倒しして遊びました。



 ええと。がきんちょ桜獅郎は気付いてないが、本当にそういうことなんだ。

 リフティング。英語で言うと、「 Lifting 」。そうです。品物を、そっとつまんで、ポケットまで運ぶ行為……万引き、のスラングなんだよ。これ。

 実兄から真顔で「20回万引きしてみせろ」「たかが万引きだぜ?」って言われたら、ちびの俺じゃなくたって、ドン引きするっぎゃねーだろよ。

 サッカーボールを地面に落とさないように足で中空へとキックし続ける遊びは、英語じゃ「 Keepie-uppie ( Keepy-uppy ) 」って言う。きーぴーあっぴー。Lifting と真逆のかわいらすぃー響きだと思わないか?

 ねぎとか ながねぎとかは知りません。知りませんとも。俺。

 つーこっちゃで、まあ今回はこれにて。


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 一時救命処置(Basic Life Support:略して「 BLS 」)に用いられる機械が、自動体外式除細動器(Automated External Defibrillator:略して「 AED 」)だよー。

 一次救命処置は、医療職でもない一般人が、意識がない生き倒れに遭遇した際に、救急車にその人を引き継ぐまでの応急手当の手順を示したものなんだ。それを行うのに、専門的な知識・機器・薬剤なんかは要らないよ。ざっくばらんだけど具体的には、成人の場合、

生き倒れ発見
 →周囲の安全確認
 →応援要請&AEDの確保&緊急通報&意識・呼吸の確認
 →意識も呼吸も確認できない場合、心肺蘇生法(Cardio Pulmonary Resuscitation:略して「 CPR 」)を開始。
  AEDが到着したら、生き倒れに装着させてAEDの指示を待つ。ショックの指示が出たら、ショックを行う。


 「応援要請」は、野次馬も119番もコミコミ。119番に電話したら、どうしたらいいか助言をくれるよ。野次馬は、まあ……猫の手も借りたい状況なわけだから、「アンタ通報しな!」とかアゴで使えるだけ使えばいいよ。

 意識と呼吸があれば、回復体位(っていう寝相があんだけどね)にして、そのまま様子見でオーケイ。

 むかしの心肺蘇生法は、気道確保・人工呼吸・胸骨圧迫心臓マッサージのA・B・C(A:Airway B:Breathing C:Circulation)の三人組でやってたけど、今はとにかく胸骨圧迫心臓マッサージだけでいい。

 救急救命でなにより大切なのは、脳みそが酸欠になることを防ぐことなの。気道を確保して息を吹き込んでる暇があるなら、一拍でも多く・強く胸倉に一撃一撃を五センチ以上めり込ませて、アタマまで血を循環させる! 酸素は、無理やり吹き込むまでもなく、血中にたくさん溶け込んでるから―――それを、とにかく脳まで送る! まず間違いなく肋骨バキボキ折れるけど、死んだらそれまでだから。

 あおむけの相手の、おおまかに乳首と乳首の真ん中らへん。そこに右手の掌底(しょうてい)を当てて、左手もそれにかぶせて、垂直に体重をかけて遠慮なくメコッとやっちゃって! 速さは毎分100回以上! ぶっちゃけ、ポーニョポーニョポニョさかなの子♪ を上回るテンポ! メッチャ重労働!

 絶対に、テンポが落ちる前に、すかさず野次馬の誰かと交代してね! テンポが落ちると酸素の巡り具合がガタ落ちで、救命率が下がるから!

 つまり、すぐ交代できる野次馬、心マのテンポを見張ってくれる野次馬、胸骨が深々とめり込んでるかジャッジする野次馬、AEDを取りに行かせる野次馬……と、とにかく周囲に飛び火させるのが大切ってことだね。

 傍観者効果が邪魔をするかもしれないけど、―――そういう場に居合わせたら、「わたしは人を殺せる」ことを忘れないで。

 見殺しに出来る、それで済まされてしまう、傍観者のおそろしさを忘れないで。

 ……なんだか暗くなっちゃったけど、とにかく。一次救命処置は、対象が成人か乳幼児か・窒息があるかどうかなんかでも、かなり変わってくるから、詳しく知りたい人は講習を受けるなり、勉強するなりしてみてねー。
◇◆◇◆◇

続きまして、―――って企画らしいから、まあ俺も続けるけど……

 傍観者効果(英語的には バイスタンダー・エフェクト:bystander effect )ってのは、社会心理学における、集団心理のひとつを表した言葉だ。

 言ってみれば、事件を傍観している者が自分以外にも存在する場合、事件に対してこれからも傍観を決め込もうとしてしまう心理だな。

 この効果は傍観者数に比例して強まり―――て、ええと。平たく言うなら。傍観者の数が増えるほど、誰も救助しようとしなくなっちまうんだ。

 これは、以下の考えが、考えの賛同者(≒傍観者)の数が増すことで、強化されるからだと言われている。


・「今この時も誰もなにもしてねーし、だったら俺も今は何もしなくていいだろー」
  →多元的無知
・「誰も何もしてねーから、俺だっていいよなー。うん。皆そうだし。俺だけじゃないし」
  →責任分散
・「ってか、余計なことして馬鹿を見るのもマジ勘弁だから。まいっか」
  →評価懸念



 ……まあ、多勢に無勢っていう格言が出来るくらいだ。多勢(傍観者)から、無勢(救助者)側に寝返るのは、相当に大変なこったろうよ。事実、イジメなんて身近なものから、強姦・障害・轢き逃げ etc の死亡事件まで、こんな実証はありふれてるしな。

 重要なのは、こんな心理があるってことを知ることで、逆手に取れるってことだ。

 誰かが動けば、芋づる式に救命の連鎖を起こすことが可能なんだよ。傍観者効果の実験でも、ひとりが対処に動き出すと、ふたり三人って後に続くことが実証されてる。傍観者効果っていう存在を知ることで、傍観者効果から抜け出せるんだ。

 要は―――まあとりあえず自分の身の安全が確保できているようなら、「今オレが動かなくてもいいかなーって思っちゃってるのは傍観者心理のせいだからって理解してるオレだから動かないと!」って、逆手にとって起爆してみても損はないんじゃないか? 人助けが出来たらめっけもんだろうし、失敗したところで、どーせどいつもこいつも1ヶ月後にゃ忘れちまうよ。お前が かいた恥なんてさ。

 そんじゃま、今回はこんなところで。



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「―――あ。起きた」

「…………Ah, ―――」

「言っとくけど、ここ日本の職場の日中だぞえー。ほら、あたしのカッコ見ろぃ。まわりの風景見ろぃ。アサキング」

「……あー……」

「そうそう」

「あーいーうーえー」

「よしよし」

「おやすみなさい」

「よかないわ」

「だすよねェ」

「? なに出すの?」

「No, no, やっべ混ざった間違えた。『だーよねーえ』か『ですよねー』だった。はい。仮眠しゅーりょー ……
 って。あれ? 俺、佐藤には、どーにも自分ひとりで起き切る自信が無いから、手が空いてたら20分後くらいにピッチ(PHS)鳴らして欲しいんだけどって頼んだだけのつもりだったのに。いるじゃんここに。ナマ佐藤」

「ナマ佐藤って、ニュータイプの駄菓子みたいだからやめてくんない? 生砂糖」

「わー。なまさとう。ねろねろしてて、水飴みたく、練ったら白くなりそうな予感。歯にくっついて、水を飲んでも飲んでも生砂糖の気配が残る気がする。水飴との違いはネーミングとパッケージと三割り増しの値段だけなんだけど、購買者はネーミングとパッケージと三割増しの値段が違うから、モノは同じだなんて気付かなーい」

「そりゃそうでしょ。気付かれて買われなかったら、たまったもんじゃない。商品開発部の苦労と夢物語とお給料に響くじゃん」

「でしょーねー。響くじゃんねー」

「……気晴らし散歩がてら顔を見に来てみたら、これかい。
 えらく疲れてんね。自前で起きられないかもってのが頷けるわ」

「あらイヤん。これから病棟行ったら、せんせー年寄りですかートシ寄ってきてませんかーって白衣の天使に言われちゃうー」

「ってぇか、それを見越して、あたしにワンコール頼んできたんでしょ。ナースに頼んだら、それ以上のことを勘繰られるかもしれないから。どーせ彼女ら、緊急時ならかけてくるし、その場合は、それを目覚ましベルとして仮眠を中断するしかないしね」

「いやはや。相変わらずの名探偵っぷりだぁね。そのご慧眼には、御見それするわ。
 にしても……あー。喋ると眠気とれるー。ケータイのカウントダウンタイマーを無意識に切らせやがった睡魔が退散していくー。いやー。助かったわ佐藤。ありがとう」

「……昨日の当直、そこまでひどかったの? 忙しくて仮眠つぶれちゃった系?」

「ひどかったなんてもんじゃない。忙しかったは忙しかったけど、それはそれ。睡眠時間がけずられたのとは、また別格」

「ほほう。マックスひどし逸話をどうぞ」

「深夜三時前に夜間外来にやってきたジーサンの主訴が『眠れないんです』だった。そして延々と彼の話を聞くしかない俺」

「ああ……思わず、あたしまで遠い目になる……
 ちなみに、その次席の話は?」

「モンスター患者ふたり。
 いや違った。患者は男の子ひとりだった。しかしモンスター二匹つき」

「どーいうこと?」

「深夜の居酒屋から救急要請がありましたー。
 とにかく手をつけられないってんで、もーしょーがなくって救急車は出かけましたー。
 するとそこには、便所の後ジッパーを上げる際にしまい損ねちゃってたブツを金具に挟んで泣き叫ぶ男児がいましたー。親と一緒に」

「あちゃー。かわいそうに」

「職員は『救急車が来るまでのン十分で親が外してやれよ。ってか、こんな時間まで子ども連れまわして酒飲んでんじゃねーよ。保護者なら保護してくれよ』って思ったらしいけど、とにもかくにも丁寧にジッパー外してやって、出血も認められなかったから、軽く消毒した後に『また状態が悪化したら病院へどうぞ』みたいに親に言ったんだとさ」

「ふむふむ」

「そしたら、ブチ切れた両親が救急車を乗っ取って病院までやってきた。
 『オトコの大事なところがこれ以上に悪化するまで待てってのかボケがァ 凸( ゜皿゜メ)!!』と息巻きまくり。
 あ。息巻きまくりって早口言葉っぽい。赤巻紙・青巻紙・黄バミ巻きっぽい」

「黄バミ巻きってなに?」

「ダシ巻き卵」

「にぎゃー! 嫌な蔑称つけやがったー! あたしが大好きなのを知ってるくせして最悪な印象つけやがったー!」

「ふふふ。モンスターな親どもに食いつぶされた時間のみならず、それを表面上は笑顔でかいくぐりつつもムカッ腹が抑え切れなかった内面によってモンスターズが去った以降も一睡すら出来ず、今朝のご来光を拝んだ俺だ。お前に嫌がらせできる機会を逃してなるものかあ。飛んで火に入る夏の虫めぇ、貴様はこれからダシ巻き卵に向き合う都度都度、『黄バミ巻き』にさいなまれる生涯を送るのだー」

「ちなみに あたしはピカ○ューのことを『妖怪 黄ばみネズミ』と言い表した某漫画家さんを尊敬しています」

「黄ばみ同士で打ち消す策に出た!?」

「いや。黄ばみついでに思い出しただけ」

「確実に回避したい回想パターンのひとつだな」

「回想パターンひとつでモンスターズを回避できるのが確実なら、いくらでも黄ばんでやるってのー」

「なんだと? それなら、俺だって負けねーぞ。やるか黄ばみ対決」

「よし来た望むところだー。
 手始めに、炊いた白米を炊飯器で保温したまま3日間ほっとく勝負を始め―――

すんませんでした無理です降参を認める慈悲を戴きとうございます

「だよね。食える嫌いだもんね。あんた」

「炊き立ての白米があるのに、あえて臭くしたメシを食べるなんて、絶対に拒否する。ミカン食った後の手か便器のさぼったリングで勘弁してくれ」

「しょーがないなー。
 じゃー今度、あたしがミカン手土産にアサキングん家の便所掃除しに行ってあげるから、あんたはあたしン家でごはん作ってよ。白米の悲劇予防で手を打ってあげる。どう?」

「なんでこんな展開になるのか疲労やら何やらで頭がついていかないけど、それくらいなら、お安い御用だ。交渉成立、掘り出し物(It's a deal! It's a steal!)! 首と水周りと食材を洗って待ってろーい」

「おーよ上等じゃー。機会があったら、すかさず連絡しちゃるわーい。
 ―――ってことで、そろそろ現実世界で働くとしませんか? 段先生」

「もちろんですとも。佐藤先生」

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「あ。
 ちょいとちょいと。こら。そこの」

「うん( Um? )? ―――おう( Oh, )、佐藤じゃん。偶然。
 ……って、挨拶だけじゃなさそーな気配。
  What's cooking(なんの用)?」

「 It’s no big thing(大したこっちゃない).
 なんかまたトンチンカンな噂が耳に届いたんだけど。アサキングの」

「とんちんかんン?」

あんたが電気屋でサ○ンラップ探し回ってたって。こないだの休日」

「なんでだっ!?」

「こっちが聞きたいから声かけたんでしょー。
 それとも、人違い? あんた、前の休日に、電化製品の大型量販店にいなかった?」

「いたぞ」

「サラ○ラップ買いに?」

「なわけあるかっ!
 新型のPC見に行ったんだっ!」

「ぴいしい?」

「 Personal computer!」

「ぱーそ―――ああ。パソコン」

「そうパソコンだったこっちじゃ! PC!
 ―――って。あ。あー」

「およ? なに思い当たってんの?」

「分かった。俺。
 あの時、思った通りに展示場所まで行きつけなくて、『 Laptop 』『 Laptop 』ってブツブツ言いながらうろうろしてたんだ。それを聞かれたんだ、きっと。職員に」

「ラップトップ?」

「そう。持って歩けるサイズのPC。
 椅子に座って、Lapto―――っでなくて ええと、あの、足組んだ膝のとこに乗っけて、開いて使えるアレ」

「はーん。ノーパソかぁ」

「はあ( Hah? )? 『 No pass on(ここだけの話だ) 』?」

「ちゃうちゃう。ノーパッソでなく、ノーパソ。ノート型パソコンのこと」

「『 Notebook 』だろそれ。言うなら」

「日本じゃノーパソでいいの」

「あーもーまァたこーいった行き違いの食い違いのナカタガイかよ? 俺が電気屋でサ○ンラップとか。んっとにマジ勘弁……」

「なんか韓流ドラマの大スジみたいだねえ。行き違いの食い違いのナカタガイ」

「はんりゅー?」

「うん。韓国のハンに、流派のリュウ。
 あんたン家テレビないけど、聞いたことくらいあるっしょ?」

「あったっけか? はんりゅう。韓流ねえ。
 どんなあらすじ? それ。大まかに」

不治の病と記憶喪失と泣きながらシャワーしてるうちに、独りよがりが行き違って、生死が食い違って、もれなく仲違(なかたが)いしたくせして、ハッピーエンド

俺が電気屋にサラ○ラップよりも度を越したミラクルじゃないかそれっ!?

「度を越してもいいんだよ。元から限度ないから」

「無いのかっ!?」

「うん。あるのはミラクルじゃなくてロマンスらしいけど」

「ろまんす?」

「そ。ある種の妖術
 なんでも、ロマンスで生き返るから人は死ぬし、ロマンスで済ませることが出来るから不治の病と記憶喪失と泣きながらシャワーなんだって」

「……じゃあ、電気屋に俺にサランラッ○も、ロマンスがあればアリになるのか?」

「無論アリでしょ」

「例えば?」

「ちびキングには死に別れた姉がいた。ちびキングが、残ったおかずにラップをかけたがると、いっつも譲ってくれる優しい姉。もちろん美人」

「とりあえず、ちびキングって俺か?」

「そう―――その日、いつものようにラップをかけたがった ちびキングだけど、運悪く姉が使いきった直後。
 『おねーちゃんのばか』と泣きわめく ちびキング。おろおろして、『すぐ帰ってくるからね』とラップを買いに出る姉。
 響き渡るブレーキ音。そして悲鳴。姉は帰ってこなかった

「展開が怒涛だな、オイ」

「『うそつき……姉さん、いつになったら帰ってくるんだよ!
  ほら、俺、もう子供じゃないよ―――今日も、ちゃんとラップを買いに行って、帰ってきたから。
  だから姉さんも帰ってきてよ……』
 十年。二十年。皿にラップをかけては時が過ぎる」

「限りなく不毛な二十年の過ごし方だな」

「そんなある日だった。雨の夜、彼女が玄関のドアを叩いたのは。
 ドンドンどんどん! 『お願いです! 買い占めたラップを分けてください! ラップ屋敷の殿方!』」

「屋敷外にまで巻いてたのかラップ!?」

「ドアを開けてみると、そこには生き別れの姉に瓜二つの女性。
 呆然とするアサキングに、彼女は気付かない。ただただ必死に訴える。
 『お願いです。ラップが……ラップが必要なんです! どうしても今夜、雨にぬらさないで、手紙を故郷に届けたいの―――』」

「タッパの方が良くね? 密封度的に」

「アサキングは動揺する。うろたえ、うちひしがれる。
『ラップを求めて出て行った姉さんが、ラップを求めて帰ってきた……?
 俺は、彼女に与えるこの日のために、ずっとラップを貯め込んでいた―――?』。
 震える手で、ラップを彼女に手渡すべく、箱から引き出す。五センチ、十センチ―――」

「箱まんま あげろよ」

「と、ラップが切れる。
 彼女は狼狽。『どうしよう!? これじゃ、足りない!』
 アサキング慌てて、『いや、奥に買い置きが―――』
 途端、大停電がふたりを強襲。
 世界を暗黒に塗りつぶされたところで、彼女の心には光がある。ゆえに諦めない。『奥にあるのね―――きゃあ!』
 『待て! 不用意に動くとラップに足を取られるぞ!』」

「ラップに限定されたゴミ屋敷じゃねーか!」

「怪我から血を流す彼女。アサキング冷静。
 『これは……ラップを切る部分の金具で切ったみたいだな。大丈夫。血があらかた止まったら、ラップ療法しておくといい』
 ラップを包帯してくれるアサキングに、彼女ホの字。『あ、りがと』」

「ツッコミどころ満載のくせして部分的に正しいのが、まったりとしつこいほど実にムカつく。ラップ療法」

「アサキングは分かった。彼女にラップを渡すこと、それこそが自分だけの使命だと!
 『懐中電灯を買ってくる!』 電気量販店に駆けだすアサキング!
 そして、電気量販店内にて こだます、彼の声。『ラップ―――ラップが!』
 その真の意味を知り得ているのは、今この時は、彼らだけ……」

「すいません。停電どうしたんですか? 店内」

「ちゅーわけで、ロマンスのためなら、アサキングと電気屋とラップさえ絡めた例えが出来ると証明できたね。これで。うんうん」

「……あのさ佐藤」

「ほえ?」

「俺、ラップ屋敷に住んでる引きこもりシスコンより、電気屋にラップ買いに来た おとぼけ君でいいです」

「だろね」

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「おいしー!!」

「って佐藤! Shush(しーっ)!  ここ どこだか分かってんの!?」

「街中アパート3階にあるアサキングん家の居間! 時刻的には夜中近く! な今!」

「どこかどころか時間まで把握しておきながらその声量!」

「んめー!! 雑炊!! マジウマあー!! これ英語でなんてぇの!?」

「え? あーっと。『 yummy 』か『 delish 』か……『 tasty 』でもアリだな」

「ヤァミーデリィッシュータァスティー♪ ヤァミーやぁみー♪」

「そーいった時は『 Yummy, yummy to my tummy ♪』って言い回しをお勧めするぞ。『 to 』は『 in 』や『 for 』にも置換可」

「ウマしコメを食いたいーキツい塩味が邪魔しないウマしコメを寄越しぃー居酒屋チェーン店の雑炊なんかイヤじゃーいってゴネてみるもんだ! めっちゃんまー! アサキング料理人じゃんかー!」

「大袈裟な……これでも実力の八割だぞ。炊いた米に、高い値段の即席茶漬け・具・薬味・出汁をブレンドしただけ。ベロで覚えるまでもなく頭で配合比を丸暗記しさえすれば、お前だって作れる手抜き品だっての」

「まじでか。
 ってことは、料理人ってか、グルメなのかぁ。舌が肥えてるんだね。あんた」

「ぐるめ?
 ああ、『 A gourmet 』。日本じゃ、こーいうのがそんなもんなのか」

「およ? 肥えた舌の持ち主って意味で、ほかにも単語あんの? 英語」

「英語じゃなくてもあるけど。英語なら『 An epicurean 』とか『 A gastronomiean 』とかかな」

「? どう違うの? そのみっつ」

「ニュアンスが違う。日本語にも、美食家とか食道楽とか食通とか食いしん坊とか健啖家とか、色んな言葉があるだろ。あれと似たよーなもんだ。
 俺的に説明すると、『 A gourmet 』は旨味に敏感な人、『 An epicurean 』は美食の心地よさを知っている人、『 A gastronomiean 』―――『 A gastronomer』『 A gastronomist 』は食の美を追求することを心地よいとする人、かな。ガストロノミーの学徒って捉えるなら。
 俗っぽい言い方で『 foodie 』ってのもあるけど、こっちはもっと、なんちゅーか……メシウマ好き (* ゜∀゜)! みてぇな感じのノリだ。あくまで俺訳」

「ガストロノミー、の学徒? そんな学問あんの?」

「うーん。学問って肩肘張ってる連中がいて、そーいった徒党の一派がガストロノミーを名乗ってるっちゅーのはあるらしい。
 けど俺がいたとこじゃ、普通に『手塩にかけて作った美味しい食事・美食』って意味で使ってたからなぁ。ガストロノミー。
 だからあっちにゃ『 gastropub 』なんて食事処があったりする。食事をウリにした居酒屋。懐かしいなー。
 そのうち、『 Gastro-Bistro 』なんてのが出来たりしてな」

「パブ?
 パブって、居酒屋って意味なの?」

「そうだぞ。おおよそは。
 『 bar 』とか『 saloon 』とかの親戚だよ。イトコなのかハトコなのかって分け出すと、呑み屋と呑み処くらいにややこしいから、親戚くらいで理解しといてくれ。
 ちゅーか。え? なんだと思ってたの? お前。パブ」

「女の人がスリットとチチ間で持て成してくれる水商売のお店」

「ジャパニーズ和服老人 is ニンジャマスター 並みの誤解だぞそれ!」

「うーん。海外の和食料理屋が『武蔵』とか掲げるのと同じで、日本の洋モノ酒場がそれっぽく気取るために『 pub 』って掲げてるだけなんだろけど。
 お父さんが『ちょっとバー行ってくる』は許せるにしても、『ちょっとパブ行ってくる』って娘(思春期)の前で言ったらガチ嫌われるんじゃないかなぁ。未経験だから知んないけど」

「……なんで『 pub 』だけそんな いかがわしい扱い?」

「なんでだろ? パフパフに語感が似てるから?」

「ぱふぱふ?
 ぱ・っフ・ぱ・っフ? 『 pah! pah!』? 余計に いかがわしくねーじゃん」

「余計に いかがわしくないの?」

「いかがわしくないだろう『ちぇ! ちぇっ!』ってぶーたれてるだけじゃん。和訳したら。『 pah! pah!』。
 ……まさか。いやぁな予感がするんだけど。また違うのか? お前にとって。パフパフ。今度は何だっての? パフパフ」

「男の人が女の人のでっかいチチ間に顔はさんでフニフニしてもらうエロご褒美」

とんだ とばっちりじゃねーか『 pah 』も『 pub 』も!
 語感がかすっただけで『ちぇ!』っと『居酒屋』をエロい区分にしないでくれよ! 形が似てるってだけで男性器扱いされる頭部を持ってしまった亀に次ぐ不遇だよ!

「そんなこと言ったら、メロンだってふたつ並んだら、まるっこくておっきいってだけで巨乳の代名詞じゃん。日本語にもあるけど。スイカップ」

「……なんてーか、どこの国でも、発想の根っこは同じよーなもんなんだな」

「違いないねー」



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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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