「―――ん? 佐藤。か?」
「うう……そーゆーあんたこそアサキング……なに? 『佐藤。か?』って。なんで疑問系?」
「いや。いつも飛んだり跳ねたりしてるのに、今日は機敏じゃないから。
こーんな天気がいい道すがらで、塀(へい)に伝い歩きとか……らしくないにも程があるだろ。どうしたんだ? せっかくのアンニュイな雨の午後に、庭先で子飼いにしてるアマガエルが誰かに踏まれたっぽくヨロヨロしてるのを見かけたみたいな、地味にハラハラした気分に陥るじゃんよ。俺が」
「とりあえず、地味にでもハラハラさせたことに関しては、心配無用と言っておこう。そしてそれ以外の部分には、チキショーと歯を剥いてやる。ちきしゃー!」
「言った先から発音おかしくね?」
「ところでホッチキスをホッチキシャーって改名するだけで、とりあえず攻撃力2割増しだと思うんだよね」
「武器じゃなくて文房具だって前提を忘れないでいてくれるなら、紙への貫通力が増強されるのは喜ばしいことだから、歓迎して受け入れてやるよ。ホッチキシャー」
「およ。まじでか」
「まじでだ」
「おっしゃー! こうして我が信義への帰依者を得たからには、以降は二人三脚で、名の改変による潜在能力解放戦線を勝ち抜くべき! べきべき! ばきぼき!」
「いや。ぶっちゃけホッチキスからして英語じゃねーから、日本でどう和製化されてたって大差ねーし。俺」
「うはー! そんな投げやりな賛同と怠惰な同順なぞ、この佐藤葦呼の人倫の綱(つな)に委ねるまでもなし、天網恢恢疎にして漏らさ―――うっ! 足が……!」
「そのタイミングでそんな風に喝破を上げられると、悪役の俺が敵対する中ボスを暗殺した場面みてーだからやめてくんね?
……にしても、そのふらふら状態の、どこが心配無用なんだ?
俺でよけりゃー診察と処方するけど?」
「いーのいーの。ほっときゃ治るからー。
昨日、慣れないピンヒールの靴を履いて何時間か出歩いたら、ヒラメ筋から腰まわりまで、筋肉痛になっちゃっただけ」
「? ぴん・ひーる?」
「そ。カカトんとこが、超絶に とんがったハイヒール」
「……『 stilettoes 』だろそれ」
「え? なんだって?」
「だから。靴の種類。
『 stilettoes 』」
「なにそれ。es ってことは、複数形なの?」
「そりゃそうだろ。人間なんてほぼ2本足なんだから、単数―――片っぽだけじゃ、靴として成り立たないだろ。
『 stilettoes 』は『 stiletto 』の複数形だよ」
「むう。それなに?」
「小さくて細身の懐刀(ふところがたな)」
「え? それってナイフじゃなくて?」
「うーん。広義には『 knife 』の一種でいいんだろうけど、それよりも、もうちょっとイメージ狭まる。
見た目は『 paper knife 』に近くて、こー、身の危険が迫ったら背広の内ポケットから取り出せて、グサッといけるよーなやつ。どっちかってーと刺殺向き。
だから、そんなカカトした女物の靴のことを、『 stiletto heel 』って言うんだ。俗には『 stilettoes 』」
「へー。ピンヒールって、あっちじゃそう言うんだ」
「まあ、『 spike heel 』とも言うけどなー。
大体にしてスパイクならまだしも、針( pin )じゃ、靴のカカトとしちゃ荷が勝ちすぎてるだろ。折れちまうだろ。女の体重でも、さすがに。
ピンヒールって言ってて、妙だなーとは思わなかったのか?」
「えー。だって。ピンって『1』の意味かと」
「え? どーいったことだ? それこそ」
「昔の日本じゃ、ダイスを使ったギャンブルを、よくやってたの。一つのコップにダイスを二つ入れて振って、コップを取って表れた数字の組み合わせを当てるって奴。
そんで、ダイスの数字の『1』のことをピンって呼んでたのさ。1がふたつ揃って出たら、ピンゾロって具合にさ。
ひとりでお笑いやってる芸人のこと、ピン芸人って言うじゃん。あれと同じだよ。
だから、長い1本足が目立つハイヒールのことを、ピンヒールって言うのかなあと」
「そもそも2本足したハイヒールなんか見たことないけどな」
「そういやそうだ。あれ? なんで?」
「知んねーよ。脚にまつわる女の美学なんて。
1本で足りるから、2本3本って増やそうとするモノ好きがいないだけじゃね?」
「えー。脚は女だけの美学じゃないでしょー。
某大統領(♂)なんて
『わたしは女性の脚に欲情する』ってマスメディアの前で言っちゃって、国中が大騒動になったんだよ」
「
某大統領(♂)の美学だろそれはっ! 男性全員の基本属性にしてくれるなっ!
……にしても、お前が足元からオシャレするとはねえ。性別あったんだな、佐藤」
「オシャレっちゅーか、威嚇」
「へ? 威嚇? 誰に」
「主に父親。
あたしがひとり暮らしし出してからの、不定期な恒例行事で。家族で、洒落た店で外食したんだけどさ。
いっつも、なんやかやと差し金を入れたがるから、とりあえず身長差で歯向かっといたの。うち、どっちも背ェ低いもんでね」
「ほほう。効果は?」
「あんまし」
「総評結果は?」
「延長戦」
「へえ。勝敗つかなかったのか。そりゃあ疲労だけ残るわな。かわいそうに。大変だ。大丈夫か?
俺が協力できることがあるなら、いくらでも言えよ。言うだけタダだからな。表面上は」
「
てことは裏ではツケにされてんのっ!?」
「んけけけけ。咄嗟にツッコめるくらい元気なんじゃありませんかあ。僕チン安心ですうー」
「にゃろー! 振り回したところで鞄が届かねー! これ見よがしに小走りで間合いを取りやがってぇ!」
「そーんなヘロんヘロんのあんよじゃ追いついてこれまーい。ったく・どーにも・モノ足んねぇ(Boop Boop Bee Doop!)! 悔しかったら、ちゃきちゃき元気になりやがれーい」
「アサキングめーっ! 今に見てろ!
後日ピンヒールで枕元に立って踏んでくれるわー!」
「
某大統領(♂)以上の誤解を買う絶叫を職場隣接地で上げんじゃねー!!」
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