「いい? 医療事務してたから分かるけど医者って見境ない奴ホントひっでぇんだから! 分かってないでしょ!? 聞きなさいよ。いい?」
わんわん……わんわんと、耳鳴りのように紫乃を埋めていく声の中で、彼女は支えとなるものを探した。麻祈のそれを探した。簡単だ。彼の声を思い出すなんて、そんなの、すぐだ。忘れたことなんて無いのだから、思い出すと言うことすら間違っているのだ。本来は。
それを聞く。
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「給料イイからそれを餌に片っ端から手ぇ出してお気に入りにはダイヤにベンツにマンション買ってやって看護学生にまで色目使って―――」
坂田さん?
どうしたんですか? どうか、したんですか?
俺で良ければ、教えてくださいませんか? ……あなたを心配しています。
それは辛かったですね。とても悲しかったですね。痛くて耐えられなかったんですね。
坂田さんは、坂田さんらしいだけで、それはちっぽけなこととは違うと、―――俺は思いますよ。
良かった。ありがとう。
こんなにも、彼の声がするのに―――
なんて、そぐわないBGMなんだろうか。これは。
「ちやほやするだけした挙句に赤ん坊デキるって現実に追いつかれたら更なる現実逃避を決め込もうと堕胎させ―――」
「麻祈さんはそんな人じゃない!!」
激昂した弾みで、電話を切る。
切ってしまってから、紫乃は度を失った。
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