「よー。アサキング。ここ、ここ」
その呼びかけと、へらへらと席から振られてくる手の合図に、麻祈も片手を軽く挙げた。加えて、五指のそれだけでなく、声を追従させる。
「よっす佐藤」
「よー。お疲れー」
「お疲れちゃーん」
麻祈は、佐藤の正面の椅子に滑り込んだ。
四人がけテーブルだったので、本は隣席に置く。連絡しておいた通り、彼女は注文を先に済ませておいてくれたようで、卓の上には麦・芋焼酎の水割り二杯と鰈(かれい)の山葵エンガワが並べられていた。そちらは麻祈用で、彼女の前には厚焼き玉子だ―――それと、なんの変哲も無い水。いつものことだが、佐藤は今日も飲まないつもりらしい。
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案内の店員に礼を言って退散させ、ふたりはとりあえず乾杯した。
麻祈があっさりと一杯目を飲み下す間に、廊下と間仕切りに店員が下げていったザク編み暖簾(のれん)の引っかかりを直していた佐藤が、声を上げる。
「もうちょっと遅れるかと思ってたけど、わりと早く開放されたじゃん。確か元谷先生が急にバカンス行っちゃって、てんやわんやだったんでしょ?」
「その通りだけど、それはそれ。どーにかなんとかなるの。そんな仕事のことよりも、」
と、空になった一杯目をテーブルの端へ追いやって、麻祈は二杯目をちびちびやりつつ本を取り上げた。にたつくのを抑え切れていない自分の顔の横でぶら下げて、剽軽(ひょうきん)にほれほれと佐藤へ見せびらかす。そうして、焦らす厭らしさを冗談にしながら、
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