. 止まったものは仕方ない。仕方ないから動けない。頭も働かないし、舌の根から酒のまろみが消し飛んだのだってどうしようもない。い・ろ・は、1(アン)・2(デュー)・3(トロァ)、A(アー)・B(ベー)・C(ツェー)、サイン・コサイン・ブイサイン……そうやって、口元のコップを支える掌の付け根にある腕時計の秒針が軽やかに刻み上げていくリズムを、ただただ無音のまま歌う。歌えてんじゃん。俺。
現実逃避に指弾をくれてきた理知へと土下座する心地で、麻祈はテーブルに上体からばったりと頽(くずお)れた。自分もろとも机上に伏せさせてしまった抄録集の表紙を、力無く引っかく。音さえ立たない。その代わりでもないが、口から声が漏れた。地べたを這うような、腐った咆哮が。
「…………めんどくさ…………」
「もうちょっと内面寄りも含めて表現すると?」
.
「正真正銘、なんじゃそりゃ(Go figure.Honest!)……」
「むう」
「ワケわかめでイミフ過ぎる(As clear as mud,double Dutch,abracadabra!)……と・ん・だ・デマだ、ってか、とことんマジでクっソうぜぇ(That's a load of rubbish. Moreover, it's really and truly bugging me.)…………」
ほろ酔いとは程遠い眩暈に起き上がる気から挫滅(ざめつ)し、麻祈はそのまま不条理を怨嗟した。次からは佐藤用に、日本語で、こまごまと。
「なんでそうリミックスされるんだ? 与太話に与太話で返してただけだぞ? だったら、やまびこだって恋人じゃないか。ギリシャ神話の音声版ナルキッソスか? 勘弁してくれ。同じ伝説なら、ゴルディオンの結び目に倣って快刀乱麻を断ってくれ。頼むゴルディオン。頼んだぞゴルディオン」
「あたしゃ佐藤葦呼だし、あんただって改名する予定無いでしょ。まさか本当にゴルディオンって友達いんの? 愛称ゴルゴ? 職業は十三番目のスナイパー? 味海苔っぽいモミアゲと眉毛してる?」
額を机板にぐりぐりするように首を否定の形へ振ると、上から佐藤のため息が降ってきた。その音もしたし、微風に自分の髪がふよんと巻き上げられたのを頭皮に感じた。
その風がそのまま、湿ったせりふを含む。
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