. 最後には、ついさっきまでの淡泊さと真逆の興奮声で、やはりついさっきと真逆の姿勢を取り―――つまりは威嚇する仔猫のように両手をテーブルにひっかけて、麻祈の目と鼻の先まで寄せた顔から渾身のガンをつけ、フーとエンジンさながら心肺の駆動音を吹きつつ、佐藤が歯を剥いた。犬歯の鋭さに似合わない、幼いまでに若々しい桃色をした歯ぐきまで覗いている。
(舐めたろか)
そうすれば相手は嫌がるだろうという、やにわの思い付きだったのだが、いつもは説き伏せてくれる平常心は残っていない。見境なく血迷うまま、指呼(しこ)の間(かん)にあるそこへ、本当にそれを試そうかして―――
.
残っていなかったのは、気力そのものだった。がっくりと座席に身体を沈め、俯く。
「嫌で嫌で堪んないのよ(Yuck, yuck, yuck, So gross)……」
「癖になっちゃうでしょ。ほら。英語やめる」
「……イカンやろー(No bueno.)……」
「とんち利かせてないで。ちゃんと日本語で」
「……めんどいよう……」
「言えた義理かいこんちくしょー」
どっかり座り直す佐藤を、猫背のまま上目づかいに眺める。ふと、その角度と光景に見覚えがあることに気付いて、麻祈はあの日のことを思い出した。つい、口にする。
「―――そういや、院内じゃお前とデキてることにしてくれって頼み込んだのも、この店のこんな席だったもんなぁ。まさか院外で足元すくわれるとは……そう思うと、医大出て以来かも。コレ系のいざこざ」
「リアルに言えた義理ねーやい。お前。ふんだ」
ぷい、とよそを向いてみせる佐藤に、麻祈こそカチンと来る。いや、彼女の態度に逆ギレしたわけではない。そうではなくて―――
(お前。ふんだって。お前こそ義理ないんだから、雲隠れしてしまえば済むだろうによ)
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