「すまん。人間へのそれこそ机上の空論なのに、エレガントやエレファントなんか持ち出した俺がナンセンスだった」
「しゃあないじゃん。あんた数学オタクだし」
ぽつりと返事が来たので、麻祈は抗弁した。
「お前だって数学オタクじゃないかよー」
「あんたの方がオーソリティ寄りっしょ」
「重鎮(Authority)? どこがだ。俺だってお前と同じただの趣味人で、数学会への権力なんて、これっぽっちも無いぞ」
「じゃなくて、より和製英語な意味で、オーソリティ。真髄寄り。要はあんたの方が、あたしより高濃度の数学オタクってこと。あたしだったら引用するのは、“エレガファント”じゃなくて、事実は小説より奇なりってのが先に来るもん」
「だったら、そっちで済ませるお前はなにオタクよ?」
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「読書オタク」
「へー。数学も、読了した本の一部ってわけかい。どーりで、お前から何冊フィクション借りても、さほど惹かれないわけだ」
「あたしだって、あんたの殺人工程解説事典(写真つき)は買う気になれないし」
「なんだよー。お前だってピーリングに感心してたじゃんよー。負け惜しみするなよー」
ナイフ格闘術を腕だけで即興物真似してみせるついで、麻祈は足で、ばたばたと地団駄を踏んだ。大の男か、素っ頓狂でちぐはぐなことをしている。それは分かっている。だからこそそれを見てしまえば、佐藤はウケざるをえないだろう。よって空気は元に戻る。それを疑っていなかったのだが。
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