「じゃーん(Flexin'!)。コレだよーん。こないだの数学学会の抄録集」
「うん」
「有給使ってアメリカ行った甲斐あったよ。送った絵葉書、ちゃんとお前ン家届いてるよな? そこにもちょっと書いたけど、あの教授ならいつか本当にリーマン予想(RH)を証明してくれるんじゃないかって思えてきてさー。マジ盛り上がる(I'm too hype!)―――」
「うーん」
佐藤の顔が晴れない。
.
だけでなく、ほっぺたを両手で揉んで、苦渋の顔つきのまま頭を抱える。それ自体は在り得ることかも知れないが、今この時に目の前で在り得ることはなかろうと思えた―――彼女は着慣れたカットソーにロングスカートといった風体で肩が凝る様なアクセサリーは一切身につけていないし、麻祈こそその気の置けない友人なのだから肩を凝らせる謂れもない。ここは安価な居酒屋……しかも共通の楽しみを心ゆくまで嗜むため腰を据えた。なにより、あと数時間あまりで休日が訪れてくれる。と言うのに。
ぱちくりさせた目に、麻祈は彼女への奇異の念を込めた。
「なんだよ? らしくねぇじゃん、お前(What's wrong with you?)」
「先に謝っとく。ごめん」
「は? リーマン予想(RH)は、永遠に百万ドルを守り切ると?」
「そういう意味じゃない」
「どういう意味だ?」
「あたしの見込みによると、これからあんたはまず間違いなく機嫌を損ねる」
「ふーん。ならば証明せよ、だな。エレファントをくれてやれるよう努力するよ」
「ぜひともそうして」
「んで。繰り返すけど。どういう意味だ?」
顎下の杖に拳を突き、佐藤に座高を合わせる。言い出しにくい話題かと思って懐柔の姿勢を取ったのだが、佐藤は両手を膝に置くと、迷うことなくはっきりと告げてきた。
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