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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.紫乃に聞き取れたのは、そこまでだった。麻祈はそれから、顎の前でわたつかせていた片手を引っ込めると、またしても何事かを口走る。それが早過ぎる。英語だ。聞き取れない。ただし、それに伴う情動が、もの凄く分かりやすい。素直に驚いて、そのことに戸惑って、喜びの到来を予感したことを疑っている……それに対してシノバは、

「るァイト!」

 喝采を続けると同時に、これ以上なく破顔して、両手に作ったVサインを顔の両側に立てた。その人差し指と中指を、くにくにと曲げる。カニのモノマネのようだ―――

 途端だった。麻祈が、見たこともないほど喜んだ。踵で床を打ち慣らして、押し殺した歓声に喉を震わせる。歌うように高らかに歓喜を告げて―――バーカウンターが無ければ抱きつかんばかりの様相だったので、歓喜なのは間違いなかろう―――、そのうちスキップになるんじゃなかろうかといったステップで店の奥に歩き出した。とは言え、店はバーカウンターで切り取られている以外に仕切りがないし、有り体に言って大型店でもないので、見失う不安もないのだが。

 よって急いで追いかける理由もなく、ぽつんと取り残されてしまった紫乃だったりするのだが、そうされたことに落ち込む余地もない。まずは、その疑問に席巻されていた。

(シノバさんの、今のカニさんポーズなに……?)

 カニ料理が出るのだろうか? となると、麻祈は生け簀にペットのカニでも飼っていて、それを料理して出してくれるということなのだろうか? 水槽の中から選んだ鮮魚を活け造りにして出してくれる割烹料亭についてテレビ番組で視聴したことはあるが、この店の洋装然とした風格とはかけ離れすぎてはいまいか? という以前に、生け簀でカニが飼えるのか?

(いやでもサワガニくらいなら、なんとか……)

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「ご無沙汰してしまいました。お元気そうで、なによりです」

「……そのお言葉、特に最後のそれを、お返し出来かねるのが悔やまれますな。どことなく、お窶れでいらっしゃる」

 まるで爪先を挫かれたかのように、麻祈が立ち止まる。

 その表情は、彼の背後にいる紫乃には窺えなかったが、シノバの反応が如実にそれを物語っていた―――とん、と乾いたガラスコップをタオルもろともバーカウンターに置いて、決まり悪げに微笑みを差っ引いたからだ。

 次いで、顔から失くしたやわらかさの分まで加味した優しい口ぶりで、言ってくる。

「ちょうど今日のお勧めは、そんな段さんに、ぴったりの一品かと。なにせ、あなたのペットですからね」

(ペットが一品?)

 目が点になる。まさか、文鳥の焼き鳥が出てくることはなかろうとも。

 そして、点になり続ける。

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.一戸建てである。リゾート地のペンションと言えなくもないが、そこまで市街地から浮いた外観でもない……駐車場は店の横に三台分、それだって田舎の街中ではありふれた風景だ。店のドアがじゃっかん高いところにあり、三段の階段が設置されているのだが、ドアから垂直に設置されたそれと違って壁に沿うように車椅子用スロープも設えてあるので、そこでようやく来客を意識しているのかと感づく程度だ。店名の看板もそうだ……ドアを挟んで、表札と思える板の反対側。古い切株をスライスしたような木板に、『乃介蔵』と彫琢されている。

(あ。わたしの乃と同じ)

 なんとはなしに嬉しい。偶然なのだが、だからこそ彼に気にいられる要素が振ってわいたようで、嬉しさがひとしおだ。

 麻祈が先を行く。とんとんと階段を昇って、ドアに手を掛けた。引き戸だ。外観から、ドアノブが付いた開き戸を予想していたのだが、車椅子のことを慮っての設計なのかもしれない。
戸が動いて、ドアチャイムの音がした―――これもまた、来客の到来に気付かずにおれないような、冴えた音の。

 麻祈の向こう側に、バーカウンターが横たわった店内が見えた。正面、こちらに気付いて顔を上げた壮年のバーテンダーが、驚いたように目を見開く。そしてすぐに目許を元通りの小皺で埋めて、ちょび髭をざわつかせた。

「これはこれは。なんとお懐かしい」

「―――ええ。シノバさんこそ」

(しの)

 またしても過敏に反応している間に、麻祈が店内に入った。

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「俺、チュウガクセイってカテゴリーが、うまくイメージ出来なかったんです。チュウガクセイは、チュウ等ガク校のセイ徒で、中等ってことはセカンダリーのどれか? で、いいんですよね?」

「ええと、あの、わたしもセカンダリーがなんなのか分からないです……ごめんなさい……」

「あはは。なんだか頭が上手く回らないですよねぇ。日暮れだからかなぁ。おつむ使い切りましたってカンジで、ちゃんと喋ることができているのか自信がありません。俺」

 またしても歩き出しながら、気さくに笑い飛ばす。

 紫乃が分からないのは“セカンダリー”に関する知識がそもそも無いからなのだが、彼は自身の状態に論拠を置いて、知識の連結をスムーズに行えないほど疲れ切っているせいだと解釈したようだった。だからこそ、なお自分の不健全を思い知ったらしい。さも笑い事のように、へらへらと釈明してくる。

「こーいった妙ちきりんな行き違い、俺と一緒にいるだけ起こると思います。苛々することも多いでしょうけど、どうか大目に見てください」

「大目に、って……」

「日本に土着ほやほやの頃よりはマシになってると思うんですけどねぇ。我知らず周囲と食い違って、不愉快にすることが多くて。俺の評価―――空気を読まないって、お逢いしたこともない皆さんが口を揃えるのは、結構壮観ですよ。はは。あはは」

 と、から笑いを強めてから、首をひねる。軽い調子で、肩を竦めた。

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.いつしか夕日は、夜の到来を予感させるような翳りを含んでいた。住宅街に入っていくと、それはさらに夕餉の芳香を含んで、もったりと重たくなった。そのうち、どこからともなく流れてくる夕方のニュースの音をかぎ裂きにするかのような けたたましい盛り上がりをみせた女子中学生五人組と、路側帯で行き交った……半袖に衣替えになった不満が日焼けの話題になり、日焼け止めローションのコマーシャルに出ている俳優のゴシップに展開したところで、ついに彼女らの話を聞き取れなくなる。距離が離れたこともあるが、五人組の中で二対三に話題が分裂したのが大きい。お互いの話が混ざってしまって、聞き分けられない……きっとそのうち、またひとつになっては、はじけるのだ。絶え間無い波のようなそれを、紫乃はよく知っている。

(懐かしいな。あんな頃)

 ちょっと笑ってしまっていた。それが聞こえたようだ。歩くまま、麻祈が視線を振り返らせてくる。

 高揚した気分のまま、紫乃は弁解した。

「いえ、その。中学生だなぁって思って」

「ふぅん」

 そのまま、会話が途切れた。

 高揚した気分がしぼむ。しぼむまま、カゴバッグを抱え込んで、背中まで丸まってしまう。

「……ごめんなさい。つまんないこと言っちゃって」

「はい?」

 戸惑ったらしく、麻祈がつんのめった。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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