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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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「こわい。こわい? すいません。お尋ねしますが、その『こわい』は、『恐怖』という意味でしょうか。それとも『おそれおおい』との意味でしょうか?」

「どれとも違う、かも」

「うん?」

「相手でも、それ以外でもない。自分自身への自信のなさです」

 それについてなら、いくらでも言葉が出る。

 自嘲がこみ上げるとしても、それを可愛がるのは後回しでいい。今、できることをする。それが、頑張るということだと、今は思えた。

 いつしか俯いてしまいながらも、紫乃は言葉を吐き出し続けた。

「余計なことをするなって怒鳴られるんじゃないか、それを誰かから笑われるんじゃないか、わたしなんかがそれをしなくてもいいじゃないか、だったら見て見ぬフリをするのが得策じゃないか……そう言う、逃げ場が用意されている、こわさです」

 麻祈は、ぽつねんと物思いに耽ったようだった。

 しばらくして、答えてくる。

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。よくある、路肩のバス停である。立ち姿に、どことなく頭部と胴体を連想してしまう標柱が、寸胴に時刻表と路線図を貼りつけて、野ざらしにされた積年を物語っている。バスを待つ者どころか、歩道を行く者さえ、自分たち以外は見当たらない……安らかに寝付きつつある住宅街は、夜遊びに練り歩こうとするやんちゃな影のひとつすら吐き出さない。ただ、そういった寝静まった生き物であっても脈打つ鼓動が絶えないのと同じように、車道を巡る自動車も、緩慢であれど途絶えない。

 それらにまばらに照らし出される彼の横顔は、鬱蒼とした重苦しさに沈んでいた。しかもそれを、取り繕おうとさえしていない。見たこともない麻祈だ。“もしかしたら、これが彼だ”。

「……っバ、ス」

「……ん?」

 呆けていたところを突かれて、麻祈がうんともすんともつかない間延び声を上げる。

「―――……」

 言葉を乗せる舌が、動機に叩かれて震えていた。噛んでしまうかもしれない。そうなれば、話していられないに違いない……違いないのだから、このまま有耶無耶にして、当たらず障らず、立ち竦んでいれば―――

「バス、来るまで、もうちょっとかかるみたいです」

「ですかもね」

 話せる。

 それを続ける。

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(わたし、なにしてるんだろ)

 担ぎ直したカゴバック。それは、今日が特別な日になることを疑いもせず、服装に合わせて夏向きに選んだものだった。

 アスファルトの張られた歩道を進んでいく爪先につっかけた、サンダルだってそうだ。ヘア・アレンジなんて突飛なこともできないまま、結局いつも通りに後ろ頭に留め直した髪飾りも、心意気だけはそうだった……と思う。

(結局、こうなっちゃうものなのかな)

 きっと、このまま終わってしまうのだ。

 斜め後ろあたり、付かず離れず紫乃と歩く麻祈を、意識だけで振り返る。彼はあれからじっと沈黙とため息を噛んで、世間話を振ろうともしなかった。先程そうして撹乱を試みて失敗した手前、もう思い出したくもないといった風である。常ならば、それすら覆い隠すような物腰を装えるのだろうが、余力が残されていないのだろう……真実、彼は困憊している。他者をもてなす外面が剝げかけて、取り乱してしまうほどに。

(―――……ちょい待ち)

 ふと紫乃は、その違和感に気付いた。

(そうだ。考えてみたら、それは、ついさっきからじゃない)

 ぞっとした感情のまま反射的に手を払う、その前から。

 彼は美食にほだされて舌鼓を打ち、篠葉と嬉しげに英語混じりで笑い合っていた。素直に。心から。

 であればなおさら、どれもこれも紫乃が見ることが出来たはずがないのだ。本来ならば。

(麻祈さんは合コンの時、お酒を今よりたくさん飲んでいたのに、ひと言だって英語なんか喋らなかった。目立ちたがり屋でもなかった。わたしと電話してた時だって、わたしや葦呼の話を盛り上げたりするばっかりで、自分のことなんて話題にしなかった……と、思う)

 となると、なおのこと気にかかる―――車椅子の親子について。

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「エ? ア、」

 まるで彼も答えを見失っているかのように、ひくひくと呼吸の痙攣混じりにあえぎながら、視線を泳がせる。その眼差しの手探りが、己の手から、紫乃のそれを辿って―――

 途端に、さっと血の気を取り戻した。

「す、すみません」

 口走りながら、こちらを気遣って、手を伸ばそうとする。のだが、視界に自分の指が入った途端、愕然として腕まるごと引っ込めた。まるで汚点を隠そうとするかのように、腰の裏に二の腕まで回して、口早に告げてくる。

「俺のことは、別に構わなくていいですから。それより坂田さん、怪我とかしませんでした?」

「し、てません」

「ならよかった」

(よかったなんて言えた顔してない)

 街灯もまばらで、家並からも窓明かりが消えつつある路上。月明かりは遠く、星明かりになど期待するべくもない。だというのに、それが分かる―――分かってしまうほど、彼が追い詰められている。それまでも分かる。

 せりふまで、口先で上滑りして、よそよそしい。

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.ただ皮肉げに、口の端を上げる。

「そうですか。でしたら、どうぞ。ご勝手に」

(また……イラッときた?)

 だとしたら、紫乃には見分けられたと思う―――それは、今さっきも見た表情だからだ。計画性に基づいた計画を破綻させられた苛立ちと、その埋め合わせとして相応の理由と理屈を要求する、神経質で頭でっかちな渋面。

 ただし、その対価の支払いを求める先が、今は外側ではない。内側だ。だから、紫乃に返事を求めるでなく、押し黙ってしまった。

(自分にイラッときてる?)

 わけが分からない。わけを知りたくて、だとしたら、彼を窺うしかない。

 麻祈は、自分の財布と小銭を乱暴にポケットに突っ込んでから、言葉を発するでも身動ぎするでもなかった。ただ、夜闇に溶けるような黒髪の奥にある眼光だけが、じわじわと感情の溶け残りの嵩を増して引き攣っていく。それは彼にとって、不愉快なはずだ。だとしたら、取り除けるものなのか、それを見定めようとして……

 根負けしたのは、麻祈の方だった。紫乃から目を逸らして、そのまま歩いていこうとする。手の先が外灯に照らされて、肌色が白く染まった。

 だからこそ、目が留まる。トランクから車椅子を出す際にそうなったのか、爪のきわから指にかけて、こびりついた砂と土が茶色い斑を作っていた。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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