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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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. 麻祈は携帯電話を手に取った。新着未読メールの件数を見た時点でピンキリまで通読する気は失せたので、目分量で後ろ三分の一あたりから開封していく。小杉はあのあとしばらくショッピングモールをぶらついてから自宅へ帰ったようで、今は平日に録り溜めしたテレビ放送を視聴しているらしい。主にクイズとドラマとグルメの番組だというが、それ以外の番組が日本の地上波で主立っているのを麻祈は見たことがなかった―――こちらへ転居したのを機にテレビを処分してしまったので知らなかったが、ここ数年のうちに局が志向を変化させたらしい。としたら、今はなにが流行りなのか、見当もつかないが。

 小杉のメールはグルメ番組の感想から、いつしか麻祈との食事プランへと変貌して行った。しかも、変貌し続けた。メニューどころか、そこへ至る道程やらイベントやら、ひどく気ままに旗色を変える……いや、そこまで変わってもいないのかもしれないが、彼女の発する言葉はひどく場当たり的で、当然のように5W1Hと時系列を無視するので、プロセス立った思考を旨とする麻祈には百面相以上の変化を起こしているとしか捉えられなかった。

 困り果てる。確かに機会があればと言ったのは自分だが、小杉自身がそれを量産してこようとは青天の霹靂としか言いようがない。更には、青天の霹靂であることを当人に伝えようがない―――今更どのツラ下げて、という意味以上に、なにをどうしたところでカエルのツラの皮に小便で終わる予感がする。言いたいことを言い続けたいがために聴衆を逃さじと発奮し、こちらの口舌を受け入れるのは己の長広舌を受諾させんがための後の先を取る策である気配が漂っている。それはもう、ひっきりなしに、濃厚に。

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. 自宅に戻ってからも携帯電話の着信音を気にかけて過ごしたが、メールのものばかりで通話のそれはない。とすると、その後、おおよそ上手くいったと思っていいだろう。自宅にて、風呂桶に湯が満ちるまでの時間をベッドの上で待ちながら、麻祈はそう判断した。

(救急車を受け入れている病院で、この時期のあの時間帯なら、おしなべて熟達者―――エキスパートかプロフェッショナルかスペシャリストかまでは知るところでは無いにせよ―――が揃ってる。だったら、さほど危ぶまれる状況でもないさ。まあ坂田さん自身は一般人だから、すんなりと納得もいかないだろうけど……)

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. 受話器向こう。ぽかんと、坂田が呆気にとられるのが伝わってくる。

「……え?」

「ため息をつくといいですよ。まず手始めに。ほら。さん・はい」

 機械越しに、空気がこすれる音がした。素直である。幸先がいい。

 頃合を計る。

「吐いた? なら吸って」

 麻祈は続けた。

「はいゴックン」

 一拍置き―――

「呑んだ?」

「は、い」

「では確認に移ります」

「……は、はい」

 返事を聞く。

.

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. そして身体も、その場から脱兎する。野外駐車場まで駆け出して、自分の車を探した。程なく見つけたそれを開錠して、運転席に乗り込む。

 陽光に蒸れた温かな車内。慣れたメンソールのにおいを嗅ぎながら、座席に背筋を沈め、フロントガラス越しの空を見上げる。そこは、常にあるような薄らかな藍色よりも心馴染む黄色にひたひたと侵された、じんわりした夕焼けだ。車のフェイシアに、ようやっと安堵の息を吹きかけて―――そこにきて、左手で携帯電話を握り締めたままだったことに気付いた。あなただからこそ甘えたようなことを打ち明けるけれど、実は週明けに重症例の検討会があって、その予習仲間からそろそろ連絡が……と同業者なら臍で茶を沸かすような虚偽をくっちゃべる際に印籠として小杉にかざしてから、握ったままでいたらしい。

(助さん格さんも無しに水戸黄門をやらかすなんて。とんだ“ちょいとそこまで(ポップ・アウト)”だ)

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. 小杉が麻祈の前に取り出して検分を求めてくるものは、奇妙な洋服から奇天烈な雑貨にいたるまで節操なかったが、色合いやら嗜好やらから推測するに、どうにも男性教授への贈答品選びだとは思えない。少なくとも麻祈だったら、ショッキングピンクと紫のマダラをした短パンや大臼歯型小物入れ(歯の窪みと、虫歯菌を模した数々のでっぱりに指輪などをひっかけるらしい)を教え子からプレゼントされたところで、エキセントリックな嫌がらせとしか思えない。

(自分のものを買いたいのか? だったら、なんでまた俺をつき合わせるんだ?)

 非効率的にも程がある。

 自分が買いたい物を把握しているのは当人だけだし、だとしたら当人がそこへ向かって直行すれば済む話だ。車椅子でも押してくれというなら話は分かるが、小杉はやせ細っているとはいえ、五体満足である。知性も教養も万人平均で、その発揮を阻害する因子すらどこにも見当たらない。まったくもって要領を得ない話だ。としても、

(俺が気に留めていなかったから覚えていないだけで、彼女はちゃんと話していたのかもしれないしな……)

 となると、やはり麻祈の自業自得である。今更なにがしかを問うて、小杉を不愉快にさせるわけには行かない。

(どーせ今日の予定として残ってるのは風呂だけなんだ。付き合えばいい)

 と、こっそり肩を竦める。そして小一時間が過ぎた。小杉は服をひと揃い購入したらしい。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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