.シノバが、紫乃へと振り返った。姿勢を正し、臍の上に片腕を横にすると、礼を尽くした辞儀を向けてくる。
「これは大層失敬しました。お連れ様には、はじめまして。店長の、シノバと申します」
「こ、こちらこそ。はじめまして。坂田です」
「段さんからは、長(なが)のご愛顧を頂戴しております。どうか坂田さんも寛いで、我が乃介蔵をご堪能あれ」
そして、横にしていた腕を広げ、店内を示した。促されるまま、視線を流す。壁の窓に張り付くようにして並べられたテーブル席と、それにあてがわれた差し金のようなL型のバーカウンター。その琥珀じみた美しい飴色の天板を越えると、奥の棚には色とりどりの瓶がひしめいている―――
「マ―――て、待って! そのまま!」
麻祈の悲鳴で、観察が折れた。
血相を変えた彼が、こちらに駆け戻ってくる。そして紫乃とシノバの間に割り込むと、やや立ち位置を横にずらし、上向きにした手を横にして紫乃を示した。
「あの。今夜はこちらの方と夕食をと思って、足を運んだ次第です。予約を入れるのを失念していましたが、ふたり分の席は空いていませんでしょうか?」
「御覧の通り、いずれの席も空いております。大衆席でもカウンター席でも、ご自由にお使い戴いてよろしいのですよ?」
「それでも。予約席をと、お願いしているんです」
(―――どことなく似てるなぁ。この二人)
まったく突拍子なく、そんなことを思いつく。麻祈がこちらに差し向けている横向きの腕が、先程のシノバの所作とシンクロしたせいもあるのだろうが。
(物腰もそうだけど、物言いも。まどろっこしい言い回しが板についてて、しかもそれが似合うイイ声しちゃってて。だからこそ麻祈さん、英語だったらさっきはあんなに安心して、素(す)でうっかりはしゃいだりしちゃったのかなぁ)
まるでそのことを煙に巻きたがっているかのように、今は日本語で、麻祈とシノバのやり取りは続いている。やはり、丁寧に距離感を置いた口調で、シノバが答えた。
「ふむ。それでは、たった今ご予約戴いたということにいたしましょう。隣席は二十時前から二名様でご予約を戴いておりますが、障りはございますか?」
「いえ。ありません。それでよろしくお願いします」
「かしこまりました。それでは、どうかご着席してお待ちください。ただいま品書きをお持ちいたします」
「はい。坂田さん。それじゃ、行きましょうか」
「あ、はい」
先導する麻祈について、シノバに小腰をこごめてから―――そうなると相手もぺこりと頭を下げてきたので、またしても下げ返さずにおれないのだが、とにかく―――、紫乃はその場から離れた。
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